────それに、いちばんは。
『森下って、話しかけてもにこりともしねーの』
『顔はまあ、クールビューティ系でも通るけど、せめて中身はかわいくあれよってな。ま、たぶん、あの子、男とか興味ないんじゃねーの』
『わかる、ひとりで生きてけます!って感じビンビンすんだよ。隙がない鉄仮面』
『ぶはっ、鉄仮面! 男してはもっとこう────守りがいがある感じのほうがかわいく見えるよな』
『そう、物足りない』
きゃはは、と上がる声が、あれ以来ちょっとしたトラウマだ。
うわさ話なんて、だいきらい。どうして、よく知りもしない、好きでもないひとたちにそんな風に評価されなくちゃならないの。────そうやって、誰かに裁かれなくとも、そんなこと、わかってる。
どうしても、素直になれない。
わがままに、なれない。
『あらまあ杏奈ちゃん、ひとりでおつかい? そうよねえ、弟くんもまだ小さいし、妹ちゃんも生まれたばっかり? 3人も子供を残して逝っちまうなんてねえ、お父さんは仕事? いつ帰ってくるの?』
『ごしんぱいなく! わたしはだいじょうぶなので!』
『京香ちゃんもそろそろ幼稚園でしょう、まさか入らないなんてことは、ねえ……。でもこう言っちゃあなんだけど、森下さんの務めてらっしゃる会社、今赤字スレスレなんだって? 杏奈ちゃんも奈央くんもかわいそうに……』
『いえ、パパがしっかりはたらいてくれているので、わたしたちはだいじょうぶです!』
背筋をぴんと伸ばしてなきゃだめ。
かわいそうに見えちゃだめだから、視線はキッと上を向けるの。
胸を張って、堂々としていないと、父とまだ幼い弟と妹とのつづまやかな4人暮らしは、施設だの援助だののおせっかいで、あっけなくめちゃくちゃにされてしまうとわかっていた。
『杏奈、大丈夫か? 俺は杏奈にばかり無理をさせて───』
『ううん、パパ、そんなことないよ』
心配をかけちゃだめ。
パパは私たちのためにすっごく頑張ってくれているんだから。
そういうことばかり、頑張っていた。
頑張っていた、つもりだった。何回も、何百回も、何千回も、虚勢を張ることばかり繰り返していたら、その間にどんどん私はなにかを失っていたみたい。
『かわいくない』
『ひとりで生きていけます!って感じ』
────ほんとうは、そんなことない。
ママが読み聞かせてくれるおとぎ話を聞きながら、京香におとぎ話を読み聞かせながら、育ったんだもん。
いつか王子さまが、とつぜん私の目の前に現れて、運命的な恋に落ちる日を、そんな夢物語を、ずっと、ひそかに信じている。
ほんとうは、ひとりでなんて生きていけるほど強くない。
かなしい、もつらい、も無性に吐き出したくなることだってある。だれかに頭をなでてほしい、ぎゅってしてほしい。杏奈はかわいい、杏奈が大好きって言ってほしい。
ほんとうは、誰かに思いっきり甘えたい、甘やかされたいって思うこともあるのに。
『かわいくない』
私の本音は、ずっと封印されたまま。



