基準値きみのキングダム




ふと立ち上がった深見くんが、キッチンからりんごを乗せたお皿を持って帰ってくる。

お皿の上の、不揃いに切り分けられたりんごに、息を呑んだ。




「これ、って」

「うさぎ……にしようと思ったんだけど。あれって、すげえ難しいのな。これが俺の限界」




ははっ、て笑って深見くんがつまみ上げたりんごは、どの角度から見てもうさぎには見えない。



────でも、ぐちゃっと不自然に乱れた皮には、深見くんが包丁とりんごを片手に奮闘した痕跡が残っていて。




「……〜〜っ」




こらえ切れず、ついに、決壊した。

ぎりぎりのところで溜めていた涙が、ぽろっと目の縁から零れたら、もうだめだった。




「……っ、ふ」




次から次へと、ぽろぽろ、涙のしずくが頬を滑り落ちていく。止める方法がわからない。

だって、胸がいっぱいで、熱くて、くるしくて、どうしようもない。




覚えていてくれたの?
風邪をひいたときにママがりんごをうさぎにしてくれたって、何気なく話したこと。



ううん、覚えてくれていてもそうじゃなくても、美味しくても美味しくなくても、ちゃんとうさぎになっていても不格好でも、そんな些細なことはどうでもよくて、ただ。




作ってくれた雑炊からも、うさぎにしてくれようとしたりんごからも、今ここに深見くんがいてくれることからさえも、

“深見くんが今私をめいっぱい甘やかしてくれている” ってことがひしひしと伝わってきた。


甘やかされてるな、ってしっかり実感した。




「……う、ぁ」





それが、ずっと私がどうしようもなく欲していたものだったから。