基準値きみのキングダム



「キッチン借りていいなら、何か作るけど」

「いい、の?」

「いーよ、って言いたいとこだけど。あー……、やっぱ、なんか買って来る方がいいかも。俺、まじで料理下手なんだよな」




ぐしゃっと自らの髪を乱してから、食べやすそうなもん買ってくるわ、って部屋を出ていこうとする深見くん。



思わず、その背中を呼び止めてしまった。




「深見くんの、作ったごはんが、いい……」

「え」





驚いたように深見くんの足が止まった。


それは、その内容よりも、私がそんな風に “お願い” したこと自体に対しての驚きに見えた。




私だって、びっくりだ。



まぎれもなく “わがまま” を口にした自分自身に戸惑っていると、深見くんの方が先に金縛りがとけて「ふは」って、春こもれびみたいに笑う。




「わかった。作るから、待ってな」

「!」

「でも、期待すんのはナシな。絶対不味い、確信持って言える」





全部、風邪のせいだ。

こんなわがままを言えてしまったのは風邪のせい。




だけど、それを丸ごと受けとめてくれた深見くんにとてもほっとして、深見くんがキッチンに向かうのを見送ってすぐ、すとんと眠りに落ちた。




毛布にくるまれるような、温かい夢を見た。