基準値きみのキングダム



「ほら、貸しな」



きょときょとと瞬きを繰り返してうろたえているうちに、深見くんはまた私の目の前に戻ってきて、集計途中のプリントを手にとった。


あっけにとられているうちに、ぱらぱらと捲って数えて、正の字を増やしていく。




「……か」

「ん?」

「帰るんじゃ、なかったの」


「帰らねえよ? 俺、自分の仕事は責任もってこなしたいタイプだし。ここの鍵閉めて、職員室に返却するまで俺の仕事、な」




でも、遠慮なく帰るって言った、くせに。
まだ戸惑ったままでいると。

深見くんが、ぺし、と私のおでこにチョップを仕掛けた。




「っ、いたっ、何するのっ!?」

「はは、残念ながら痛くはねえよな。力入れてないし」


「……む」




そのとおり、痛くはなかった。
むむむ、と深見くんの読めない表情を軽くにらむ。




「森下が観念して頼るの、待ってたんだけど?」

「……へ」

「その強情さ、崩したくなるわ、なんか」

「は、い?」

「まさかここまで頑なとは。難攻不落なのな、森下って」



深見くんにかけられる言葉が右から左へとつるつる流れていく。システムエラー、脳が処理落ちしてしまって、ぜんぜんまったく理解できない。

ぽかん、ととぼけた反応をする私に深見くんは、あきれたように息をついた。




「頼れば? って言ってんだよ」