学校の登下校も時折チェックし、正月に届く年賀はがきも相手の名前を逐一確認。
友人と電話している時は聞き耳を立て、通話が終わると『今のは誰だ。まさか男か』と問いただす。
そんな様子を見てきた紬花の弟がつけた父のあだ名は【セコム親父】だ。
デザイナーになりたいという夢を見つけ、専門学校に入りたいと相談した時は男もいるんだろうと激しく反対された。
だが、さすがに見かねた紬花の母が『このまま恋もさせず嫁にも出さないつもりなら、あたしはあなたと離婚しますよ。付き合ってられないわ、このハゲ』と肝まで凍る氷柱で父の心臓を突き刺したことで、無事に夢に向かって走ることができたのだ。
けれど、ここでこの立派なビリヤード台をもらって帰り、うっかり嘘をついて男の家に世話をしに行ったことがバレたら、いくら怪我をさせてしまったという理由があろうとも、再びセコムが働き、家から出してもらえない事態に陥るかもしれない。
女性客と接することが多いブライダルハウスとはいえ、職場には陽以外にも男性社員はいる。
怒り心頭の父から仕事を辞めろと言われる最悪の事態が一瞬浮かぶも、そもそも貰わなければ大丈夫なのを思い出し、何か飲むかと尋ねる陽に「ありがとうございます」と笑みを向けた。
しかし、カウンターに立つ陽の背を見て紬花は目を見開いた。
「私がやります! お世話しに来たんですから!」
コーヒーメーカーに手を伸ばした陽の左腕を引いて、代わりに立った紬花は、使い方を陽に確認しながらふたり分のコーヒーを淹れた。
香ばしい匂いが部屋に広がり、ふたりの鼻腔をくすぐる。



