御子柴家にとって、後妻の連れ子である自分は特に価値のない、しかし、あれば役には立つだろうというような付属品にも似た存在だった。

エトワールで活躍できるようなデザインの才能もなく、父も『陽がいればエトワールは安泰だ』と、陽にだけ期待をかけていた。

どうすれば、御子柴の家に家族として認められるのか。

どうすれば、自分にも期待の目が向けられるのか。

悩み、もがき、さまざまなものに挑戦し続けていたある日、父は博人に言った。


『博人の勝ちへの執念は、陽にはないものだ』


陽にはない。

つまり、陽より優れていると。

陽より上であれば、注目してもらえるのだと悟った博人は、以来、何に置いても陽より上であることを意識して行動している。

オフィスをゆっくりと歩きながら、博人は陽に余裕のある笑みを見せた。


「橘さんとゆっくり話してみたくて、食事に誘ったんだ」


あえてブレアの名を出したことは告げずに伝えると、陽の眼光がさらに鋭く博人を刺す。


「あいつだけはダメだ」

「なぜか聞いても?」

「ようやく見つけた女だから。他はやれても、彼女だけは渡せない」


まるで、地位や名誉を譲ってやったのだと言われているように聞こえ、さすがに博人の顔からは余裕が消え失せる。


「彼女が俺を望んだら?」

「望まない。橘は、今まで兄さんが釣ってきた魚たちとは違う」


金や権力に目が眩み、博人に寄り付く女たちとは違うのだと言い切る陽。


「……そうか。なら、ますます欲しいな」


諦めてはやらぬと告げた博人と、手を出すなと牽制する陽の間に火花が散る。

そんな状況になっているとは予想もしていない紬花は、電車に揺られながら陽への気持ちに戸惑い続けていた。