「ああ、君も遅くまでお疲れ様」
「もう会議は終わりましたか?」
「終わったよ。陽はまだ少しブレアと話してるけど」
「そう、なんですね」
返事が一瞬詰まってしまったのは、明らかにマネージャーの名が出たからだ。
博人はそんな紬花の揺らぎに気付き「ところで、橘さん」と声をかける。
「この後予定がないなら、一緒に食事でもどうだろう」
「食事、ですか? 御子柴さんも?」
「陽はブレアと楽しそうにしていたし、邪魔しないでおいてあげようか」
楽しそうにしていた。
あの陽が、女性と楽しそうに会話をしているところなど見たことがないと紬花はやや目を丸くする。
もちろんクライアント相手には愛想良く振る舞うが、楽しそうというより柔らかな笑みで対応する程度だ。
本当だろうかと疑いそうになったが、先日自分に向けた陽の微笑みをふと思い出す。
(楽しそう、とはまた違うけど、マネージャーにもあんな風に笑うのかな)
まさに今、ミーティングルームで微笑んでいるのかと考えた刹那、再び胸にひりつきを覚え、紬花は思わず胸元を押さえた。
(──ああ、もしかしてこの感情は)