遡ること、二日前の夕刻。
陽の腕はまだ白いアームサスペンダーに吊られてはいなかった。
その代わり、撮影スタジオのカメラ前に立つモデルが、今にも首を吊りそうな程に顔を青くして涙を零していた。
陽がデザインしたエトワールの新作ドレスを纏ったモデルが、しゃがみこんでシワを作ったのみならず、うっかり口紅を付けてしまったのだ。
聞けばモデルは発熱していたらしいが、その理由は陽には通用しない。
『プロであれば自己管理もしっかりこなせ。どんな理由であれ、一度作品を纏ったら座ることは許されない。作品を完璧に着こなし、魅力を最大限に引き出して魅せるのがモデルの仕事だろう。それができないのならプロ失格だ。今すぐ帰ってくれ。エトワールは君を二度と使わない』
厳しく叱咤されたモデルは、ボロボロと涙を零して頭を下げるとスタジオを出た。
当然、撮影は中断され、モデルを代えて翌日改めて行われることになったのだが、プレスチームに加えて陽に付いて学んでいるアシスタントデザイナーの紬花もその対応に追われた。
ようやく仕事がひと段落ついたのは、終電も間近に迫った時刻。
運が良ければひとつ前の電車に乗れそうだと、紬花が腕時計を見ながら、ヒールを鳴らして会社を出た。
キン、と冷えた冬の空気が紬花を迎え、思わず身を震わせた時だ。
『シミ抜きでどうにか対応できた。……ああ、問題ない。兄さんは気にせず予定通りに帰国してくれ。無事に終わったらまた連絡する』
エトワールのCEOである陽の兄、博人と通話していた陽と遭遇した。