俺様御曹司はウブな花嫁を逃がさない


「別にコーヒーくらい左手で十分淹れられる」

「でも、やり慣れていないんですから危ないですよ。うっかり火傷して左手まで使えなくなったら大変です」


万が一の危険性を語りながら、カップを両手に持ってローテーブルへと運んでいたのだが、注意していたはずの紬花が躓いてコーヒーを零してしまった。


「す、すみません」

「良かったな、拭き掃除という余計な仕事が増えたじゃないか」

「はい! お役に立てて嬉しいです。あ、ナフキンお借りしますね」


嫌味が伝わらず、気にした様子もなくフローリングを拭く紬花を陽は見下ろしながら、役に立てないと悟らせるのは無理なのではと思い始めた。


(このポジティブ変換には呆れるが……デザイナーとしては、必要な能力ではあるな)


紬花はまだアシスタントだが、いずれはエトワールのデザイナーとして活躍してもらうのだ。

けれど、そこに至るまでに、陽からたくさんのリテイクを出されることになる。

その度に落ち込み自信を無くして辞めてしまうようでは困るのだ。

しかし、紬花にそのような様子はなく、面接の時も持ち込んだデザイン画にダメ出しをしたにも関わらず『確かにそうですね! あ、例えば、この花の飾りをあえてリボンの方に持っていくのはどうですか?』と陽に相談した。


(物怖じしないところも”彼女”に似ていると思った。だが、仕事に私情を持ち込むのは良くないからな……)


陽は、脳裏に過る女性の面影を奥に追いやって、前向きな姿勢を見せコーヒーを淹れ直す紬花を見つめる。