そんな時1台の車が後ろからライトを照らして花霞の方向に走ってきた。花霞は少し壁側に移動して歩く。すれ違う時は少しドキッとするな、と思いながら歩き続ける。
 と、その車は花霞の真横で突然急停止したのだ。

 ハッとした時には、すでに大きな車から人が降りてきていた。


 「見つけた」


 ぞっとするほどに低く、そして恐ろしい声だった。車から降りてきたのは、ニット帽を被り黒いマスクをした男だった。目元だけが見えたが、その目が冷酷に微笑んでいるのがわかった。
 花霞は恐ろしさのあまりに固まってしまったけれど、その黒マスクの男の手が自分に伸びててきたのを見て、咄嗟にその男に向かってバックを投げつけた。
 

 「っっ!」


 それが黒マスクの男に当たる。
 バックの中身が道路に散らばり、様々な音が響く。けれど、男は何事もなかったように、それを無視して、花霞の腕を力強く掴んだ。


 「やっ!!」


 本当に怖いことと直面すると人は声が出なくなるのだ。花霞はその事を初めて知った。

 黒マスクの男が花霞の腕を引っ張り、車に引きずり込もうもした。花霞は震える体で抵抗するけれど、男の力に敵うはずもなく、ずるずると車の中に体が引き寄せされていく。


 誰か…………助けて………。
 椋さんっ!!!


 花霞はギュッと目を瞑って、心の中で愛しい人の名前を呼んだ。

 このまま車の中に入れられてしまったら自分はどうなるのだろうか。そして、この男は誰だろうか?

 …………もう、椋と会えなくなってしまうのか。

 一瞬のうちで様々な事が頭の中を巡り、花霞の瞳に涙がたまっていった。