「…………やはり、スパイじゃないのか?」


 蛍は安心しながらも、やはり違和感を拭えなかった。ここで檜山に報告して「何も出てきませんでした」といえば、ハルトは檜山に何をされることはないはずだ。
 だが、蛍自身が彼をもっと調べたいと思ってしまった。
 彼が表社会の人間ならば、自分を誘ってくれたのは本当なのではないか。
 そんな事を期待している自分に、蛍はハッとする。

 この組織に満足しているはずなのに、ハルトに声を掛けられた時から何かが少しずつ変わってきているようだった。
 昼間、スーツを着て走り回ったり、昼休みに仕事仲間とご飯を食べて愚痴を言ったり、仕事帰りに飲みに行ったり………そんないつもと変わらない街の様子を、あれから目で追うようになってしまっていた。
 自分もあの世界に入れるのかもしれない。
 そんな淡い期待が知らない間に大きくなっていたようだった。


 「違う………俺は、この世界で生きていくんだ。一人でも生きていける………。でも、ハルトさんは………」


 ハルトがこの裏社会からいなくなる日がくると思うと、また毎日が真っ暗になってしまう気がしていた。ハルトがいるから少しでも笑えて、楽しいと思えたのに………ハルトとは離れたくない。そう願ってしまうのだ。