全てを捨てた。

棚に立てられた、若い母の写真は、私を抱いている。
穏やかで、優しい顔が、少し情けなく、悲しい顔に見えた。

西岡春香。
そう、父が名付けた。

春に生まれ、そして、母が『春子』と云ったから。

麗らかな春。桜が舞い、蝶々が飛んでいる。
母はそれが好きだった。
だが、私は、嫌い。

父は、蝶々のような人だった。
蝶々は、ひらりひらりと、何処ぞの花へと飛んでゆく。

美しい花を見つければ、其処に飛び。
甘い蜜を吸い、戯れ、飽きれば去る。

そして捨てられた、我が母。