夜の風が、さわさわと公園の草木を揺らす。

 懐かしい匂いがする。

 ──そういえば空手の試合で、柚葉と組み手した一つ二つ年上の男子が柚葉に負けて泣きじゃくる、なんて事があったな。

 柚葉は試合後に「男のくせに泣くなんて情けない。泣く人と試合するのは苦手」って辛辣に愚痴ってたけど。


 ──涙は人を強くする──。


 俺は泣きじゃくる柚葉の横で、そんなどこかで聞いたような言葉が頭を過《よぎ》った。


 喉の奥が、微かに痛んだ。




「──……ねぇ、矢井戸……」


 しばらくして、落ち着きを取り戻した柚葉が、ハンカチを鼻にあててスンスンと鳴らしながらおもむろに俺を呼ぶ。


「……ん?」

「……あんたが、空手辞めた理由って……」

「え?」

 鼻声で突き付けられた唐突な質問に、思わずきょとんとなる。


「……どうして、今まで話してくれなかったの?」

「……え?」

 どうして、今まで──って、もしかして、俺が空手を辞めた=親の離婚の話しようとしてる?


「──って、話せるわけないよね……。今まであんたに散々冷たくしてた私に、そんな大事な話……」

「………」

「あたしだって……本心では、あんたがいい加減な理由で空手を辞めたなんて思ってなかった。きっと何か深い事情があるって気はしてたけど──。あ、別に音楽がいい加減な理由って言ってるわけじゃなくて……」

「………」

「ただ、せっかく一緒に頑張ってきたのに……。急に何も言わずに辞めちゃって、水臭いって思ってたから……」

「──………」

 鼻を真っ赤にして照れたように俯く柚葉に胸を高鳴らせながら、そっと横顔を覗き込む。

「もしかして、寂しかった?」

「……うん」

「えっ!? マジで!?」

 ダメ元で聞いてみたら、願ってもない返事。

「小学生からやってる友達、どんどん辞めてっちゃって……。なんか、あたしだけ取り残された感じ。みんな、いろんな事情抱えて辞めちゃうんだもん」

「……って何だ、俺だけに限った事じゃないのね」


 当たり前でしょ、とすげなく返され、ガックリとうなだれる。


 ──けど、これって……。


 柚葉を見ながら、俺は思い出していた。


 柚葉と高校で再会した時の事を。