「…………」

「…………」


 ──それからしばらくお互いに黙り込み、柚葉は俯いて考え込んでいた。

 気持ちを、安定させていたんだと思う。


「──…頭では、ね」

「……うん」


 ぽつりと切り出す柚葉に、俺はぼんやりと暗がりに浮かぶ遊具を見ながら相槌を打つ。


「好きになっても前に進めない事ぐらい……そんな事ぐらい、分かってた。──でも、会えば会うほど好きになっちゃって……」

「うん」

「そうなっていくうちに、どんどん会いたくなってきて、誉められたくなって……。ノート必死でとって、テスト勉強も死ぬほどやって……。少しでも気に留めてもらえば、それでよかった……」

「……うん」

「さっきあんた、『勉強にかこつけてよく準備室まで会いに行ってる』って言ってたじゃん。アレは別に、勉強にかこつけてたわけじゃなくて……ホントに、勉強見てもらってただけで──」

「分かってるよ。中でやらしい事してたんじゃないかとか、勝手な高2男子の妄想だから」

 笑いながら言うと、いつものノリで柚葉の拳がヒュッと飛んできた。

「おっと」と咄嗟に拳を受け止めて見ると──。

 拳を俺の手のひらに押しつけたまま、俯く柚葉の姿があった。


「──…。柚───」


 髪が、柚葉の表情を隠す。


「でもね……」

 わずかに震える肩。か細い声。


「──……好き、って……言いそうになったことはある……」


 かすかに上を向き、俺と視線を合わせる。

 その表情は苦痛に歪み、目からはポロポロと──。


「ゆ…──」


 涙──……。


「……っ、先生に……好きって……」

「──………」


 目をぎゅっと閉じると、涙が頬を伝い膝に置いたバッグにポタッと落ちる。


「先生に……、好きって──」

 顔をくしゃって歪ませて、嗚咽まで滲ませて──。


「バカみたいって……思ってんでしょ……あたしだって……っ、もぉ、どうしたらいいか……分かんなくて…──…」

「──……」


 ──柚葉が、こんなに泣きじゃくるとこなんて……初めて見た。

 空手の試合で負けても悔し涙すら見せたことがないし、それ以前に──。


(切ない──……)


 胸が掴まれたかのように、ぎゅううと音をたてる。


 ──……無性に、切ない……。