「あたしが、先生の家庭をぶち壊すとでも思った? そこまで深く入り込むつもりなんかなかったし……! てゆーか、あんた何で先生の家族のこと──」
「うちは、両親が離婚してる」
「……え?」
柚葉が、顔を上げ目を見開いた。
「母親が不倫してさ、家出てったの。俺が中2の時に。まぁW不倫ってヤツだよね」
今まで誰にも話せなかった事を──俺自身上手く話せるかどうか分からない事を、切々と語る。
「離婚裁判とかですげー揉めて……。まぁ親権は父親になったけど、どっちも俺どころじゃなくなったって時にさ、父方のいとこが俺のこと構ってくれたの。そのいとこと同級生で友達なのが、野波センセー。家も近所」
「……──」
柚葉の目の色に、あからさまな動揺が走る。一気に押し寄せる情報を処理し切れてない感じだ。
だから、俺と野波センセーの関係性はともかくとして、話を戻す事にした。
「俺は、お前が先生の事をそういう目で見たり、家庭をぶち壊すなんて事は絶対にないと思ってる」
「…………」
傍から見ても、進展しようもない柚葉の片想い。
ただ恋に恋してるような──そんな一過性の熱病みたいなそれは、時間が経てば解決するかと思っていたけど。
だけど、時間が経てば経つ程、ほっといても平気じゃない段階まで来てるような気がして──……。
ホント言うと、気が気じゃなかった。
準備室に消えていく柚葉を見かける度に──先生に髪を撫でられる柚葉を見る度に、もしかしたら一線越えちまうんじゃないかとか……。
でもそんなこと、俺が柚葉を想うが故に渦巻く嫉妬や邪推に過ぎないのかもしれないと思うと、深く問い詰める事も出来なかった。
「俺の独り善がりなのは分かってたけど、こうでもしなきゃお前は──」
「………」
「先生の家庭がどうこうより、俺はお前の方が心配だった。取り返しつかなくなった頃には、散々に思い詰めて打ちのめされて──……」
言いかけて、俺は罵り合う両親の姿を思い出した。
あの人が──母親が家を出て行った中学2年の頃。
それはもう、悲惨だった。
父親があの人を罵った声や、母親が泣き叫んでは物を投げつける音。今でも鮮明に覚えている。
母親も母親で、不倫だの禁断の恋だのの背徳感に舞い上がっては、全てを父親のせいにしていた。
「──幸せを壊す覚悟もねぇのに、深みにハマんなよ。『好きになった人がたまたま結婚してただけ』? そういうのが一番危ねぇんだよ」
「───……」
柚葉は顔を上げ、俺に驚愕の目を向けた。
その目の色には戸惑いもあるけれど、奥にはもっと別の何かが──柚葉自身を支える力が宿っている気がした。
そう、柚葉は強い。
柚葉は決してそんなタイプじゃない。
柚葉は、そういう後先考えないバカな女とは違う。
柚葉は、自分と闘えるからだ。
言っても解らないような──現実から目を逸らして居直って逃げるような、そんな女とは違う。
──俺の、母親みたいな女とは──…。

