「……っ、最ッ低……! あたし、白目剥いたりよだれ垂らしたりなんかしてないもん!」

 やかんのお湯が沸騰しそうな程の熱を帯びているであろう柚葉は、空振りした足を上げたまま攻めの形を崩さない。

 第二陣が来そうな気配だ。


「ちょ、待っ……ごめ、今最低なのは俺の腰だから! 俺の今の腰の具合だから!」

「うっさいバカ! 死ね!」

 ノートを持った手で腰を押さえてガードに徹しながら許しを乞う俺に、柚葉は容赦ない。


「ははははは」


 しかしそんな俺らに野波センセーは暢気に笑い、「まぁまぁ」と仲裁に入る。

「ははっ、君たち、いつも賑やかでいいですね。まぁ白目もよだれも腰ビキィも、程々に。ね」

 そんな、爽やかな笑みを湛えながら──。

 先生は、事もあろうか柚葉の頭をポンポンと撫でて廊下の向こうへと立ち去っていったのだ。

 ……だから……。

 そういう所ですよ、センセー。


「………っ、」


 先生の手が、指が、髪にふわりと触れる──。

 たったそれだけで怒りがしぼむように収まり、声が漏れそうな程の驚きと喜びを隠せない様子の柚葉。


 ……こんなの見せられて、マジでどうしろってんだよ。


 ──かっさらわれた。

 本当に、一瞬で掠《かす》め取られた。


「…………」


 またも、目を細めて柚葉を見つめる。

 恥ずかしそうにしながら、先生の後ろ姿を見送る柚葉。

 俺は、そんな柚葉の後ろ姿を見ている。

 2年になってさらに柚葉に近づいて、春から秋になるまでずっとだ。


 ──あからさまなんだよ、ほんとに。

 最低なのはどっちだ、バカ。