ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物

「少し寒くなってきましたね。何か上に羽織るモノを持ってきてもらいましょうか。」

「シーシアさまがもう、すぐ近くまで来られてるのね。ほら、黒い雲。」

リタはそう言って窓の外を見た。


……意味がわかんない。


「シーシアは雨女なの?」


そう聞いたら、ティガが額を押さえた。


「まいら。敬意のない敬語を強要するつもりはありませんが……」

「あ、ごめん。はい。気をつけます。神の花嫁、だもんね。」


つい今しがたまでカピトーリの宗教について教わってたのに、神の花嫁を軽んじ過ぎてるかもしれない。

私は伊勢の斎宮のような存在だと思っていたけれど、むしろ宗派のトップと捉えたほうがいいかもしれない。

シーシアは神の花嫁でいる間は、王でさえ(こうべ)を垂れてひざまずく存在らしい。



「神の花嫁には不思議な力が授けられるものですが、シーシアさまは近年まれにみる優秀なおかたです。報告されているだけでも多種多様な吉兆が生じたそうですが、最近では天気や季節を(たが)えるとか。」


ティガの言う意味がまったく理解できない。


「どういう意味?晴れてたのに突然雨を降らすとか?春を秋にかえるとか?」

冗談のつもりで言ったけど、ますます気温が下がった気がしてきた。


まさか……。

いや、でも確かに、雨乞いもそういう能力があれば可能だろうし。



「その通りです。もう夏のはずですのに……ほら、まるで雪でも降り出しそうな空。」


雪?

さすがにそれは極端だろうと思ったのに、空は暗くなり、いつも明るい穏やかな湖面が冷たそうな風に波立っていた。



「あ……」

窓に張り付いていたリタが小さな声をあげた。


来たのかな。


私も窓辺に寄ると、ヒトを2人乗せた馬が近づいてきた。

黒い大きな馬に金色の鎧。

ドラコだ!


そして、ドラコの前に黒いフードですっぽり覆ったヒトらしき存在。

シーシア、本当にお忍びで来たんだ……。



私たちが玄関先に出るのと、ドラコが馬からひらりと下りるのは、ほぼ同時だった。


ドラコは私達に挨拶するより先に、馬上からシーシアらしきヒトをそっと下ろすことを優先した。

ティガとリタが片膝をついて頭を下げる。

ドラコもまた、恭しく膝をついた。


3人にかしずかれ、シーシアは白い手でフードをずらした。


白い顔。

色素の薄い白金の長い髪。

……確かに神々しいお人形……かも。


あ。

白いモノが舞い降りてきた。

雪だ。