ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物

いやいやいや。

「だって特別なお稽古とかしてないもん。カラオケもそんなに行ってなかったし。」


口をとがらせてそう言うと、イザヤは顔をしかめた。

「歌ぐらい誰でも歌えるだろう。……そうか。鳥のいざやが歌わずにクチュクチュとおしゃべりばかりするのは、まいらがあまり歌わないからか。」


……そうかもしれない。


「じゃあ、イザヤ、歌ってよ。」


私が口をとがらせてそう言うと、イザヤはニヤリと笑ってクラヴィシンに向かった。



イザヤがクラヴィシンを弾くところを、私ははじめて見た。

まるでプロのピアニスト、いや、チェンバリストだ。

うまいんだけど、技術だけじゃないと思う。

イザヤの身体の一部のように、驚くほど多彩な音がうみだされてく。

まだクラヴィシンの前奏だけなのに、既にビシビシと想いが伝わってくる気がした。


イザヤは、よりによって愛の歌を歌おうとしているようだ。


音も顔も空気も、甘~いよ~。

……なんか、やばいかも。


聞かなくてもわかる。

すばらしいに決まってる。



耳をふさぎたいような私の焦りをあざ笑うかのように、イザヤが歌い出す……。


想像以上の美声が、朗々と、愛と別離を詩的に歌い上げる。



心がキュンキュンと、甘く疼き出す。


涙が止まらない。

ずっと聞いていたい。


……イザヤとずっと、一緒にいたいよ……。



***


イザヤは私の胸に思慕を刻みつけて、行ってしまった。



「寝不足ですか。」

ぼんやりする頭でカピトーリの宗教の講義を受けてると、ティガにそう指摘された。


「うん。……イザヤが寝させてくれなくて……」

気を抜くと下がってくるまぶたを押さえながらそう答えてから、慌てて付け加えた。

「いや、あの、そういう意味じゃないから!ずっと楽器弾いてて……」


「わかってるって。珍しくイザヤどのも歌ってたね。……ご愁傷様。」

リタがポンと私の肩を叩いてそう言った。


どういう意味だろうかと、少し首を傾げてリタを見た。


「……イザヤどのの歌は凶器だよ。耳、ふさがないと、私でも泣きそうになる。……まいらが惚れてもしょうがないよ。いったい、何、考えてるんだろうね。シーシアさまの前以外で歌わないでほしいのに。」


ドキッとした。

反論したいし、否定したいのに、私は何も言えなかった。

たぶん紅潮しているだろう頬の熱を感じながら、うつむいた。