ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物

「あー。ハーモニカか。うん、そう。吹くの。あ、でも吹くだけじゃなくて、吸うの。吹いたり吸ったりして。……いい?」


手を出すと、イザヤは丁重にハーモニカを取り上げて、私に手渡した。


……見るからに普通の量産品なのに……たぶん、こんなのにも恐ろしい金額を出して買い求めてるんだろうなあ。


苦笑を飲み込んで、私はハーモニカに唇をつけた。


懐かしい。

小学校の1、2年生の音楽の授業ではハーモニカを吹いたわ。


その頃を思い出して私は、ドレミファソラシド、と音階を確かめて吹いてみてから、簡単な曲を吹いた。


「冬景色」。


この曲の歌詞は、お母さんの読む昔の本のような言葉だけど、すごく美しくて好き。


よく吹いたなあ、としみじみ思い出しながら吹き終えると、イザヤが微妙な表情で手をたたいてくれた。



「なるほど。そうするのか。吹くのと吸うので、違う音が出るのだな。」

「うん。吹いて、吸って、吹いて、吸って、吹いて、吸って、吸って、吹くの。」


そう言いながら自分のドレスでこっそりハーモニカを拭いてからイザヤに手渡した。


「わかった。では、これは明日持って行くことにしよう。」


え?

吹かないの?


……お稽古は独りでやりたいヒトなのかしら。




「今の曲は聞いたことがある。」

イザヤはリコーダーの箱を出しながら、そう呟いた。


「ほんと?大正時代からある文部省唱歌なの。……えーと、私の生きてた時代から100年ぐらい前に作られて、教科書に載ってるような有名な曲。」

どこまで通じるのかわからないけれど、わたしはそう説明した。


「歌ってみよ。」


イザヤにそう言われて、私は1番だけ歌った。




狭霧(さぎり) 消ゆる湊江(みなとえ)
 舟に白し 朝の霜
 ただ水鳥の声はして
 未だ覚めず 岸の家♪




「意味わかる?」


歌い終わっても、イザヤは椅子の肘掛けに頬杖をついて、じっと私を見ていた。


いつもなら、鷹揚な拍手をくれるのに……。



「ああ。この湖の情景が目に浮かんだ。……冬の湖面には霧が立ち上って、夢のように美しい。」

そう言ってから、イザヤは立ち上がって、手を叩いてくれた。


でも誉めてはくれなかった。




「しかし、そなたの歌は音程は不安定だし、声はか細いし、聞いている私のほうが不安になってくる。せめて心を込めて歌ってみよ。」