「わかんない。」

さすがにドレスの袖で涙を拭くわけにもいかず、私は手の甲でぐいっと目をこすった。


イザヤは黙ってスクリプカを置いて、私を腕に捉えた。


……何だか、ホッとした。


絹のレースびらびらのハンカチで、イザヤが涙を拭ってくれた。

私はイザヤの腕にしがみつくようにもたれた。


「よくわかんないけど、イザヤが泣かせた。」


言いがかりなのに、イザヤは反論しなかった。


「そうか。すまない。……私の代わりに泣いてくれたのだな。」

そんな風に言われてしまった。


うううう。

そうなのかな。


でも確かに共感という感じではない、か。



「何か、私もイザヤの楽器みたい。」

くすんと鼻をすすりあげてそう言うと、イザヤはぶっと吹きだした。

「……それを言うのは、まだ早いな。」

そう言って、イザヤは私をきゅっと抱きしめた。


え?

どういう意味?

妙に、甘ーいんですけど……ええっ?


パニクる私に、イザヤが囁いた。

「早くオトナになれ。まいら……そなたを、私が自在に鳴かせる日が楽しみだ。」


……。

えーとぉ。

もしかして、今のって、そういう意味?


うわあああああ。


心の中では、ジタバタジタバタ悶えていたけれど、身体はまったく動かせなかった。


ただ、イザヤの腕と胸に抱かれてるのが心地よくて……




……あ。

つつっと鼻から……何か出てきた。


鼻血?


「イザヤ。……鼻血。」

そう訴えたら、イザヤはびっくりして私を見て、ぶははっ!と豪快に笑った。

「まったく、そなたは飽きないな。」


イザヤはそう言って、レースのハンカチを血だらけにしてドレスに血がつかないように気遣ってくれた。


***

翌早朝、本当にドラコは出発してしまった。


「世話になった。イザヤ。」

ドラコはイザヤにそう挨拶すると、ヘルムを装着した。


全身金ぴかに光るドラコは、ハッキリ言って異様だった。


「まいら。逢えてよかった。息災で。」

既にドラコの顔は見えないけれど、金色の瞳がロボットのように光った。


……昨日は確かに好意的に感じたんだけど……何となく、よそよそしさを感じた。



リタと同じように、ドラコもまた、私をシーシアの敵と見なしたのだろうか。


一抹の淋しさを感じて、私は深くお辞儀をした。


ドラコは、黒い馬にひらりとまたがると、鞭を振るって、猛スピードで行ってしまった。

小さいほうの太陽がちょうど湖に沈み、大きいほうの太陽がドラコの前方から昇り始めていた。


「……リタ。」

ティガのつぶやきに振り返る。


視線を追うと、リタが二階の窓からどんどん小さくなるドラコの背中を見つめていた。

朝日と夕日が反射して、リタの表情はほとんど見えなかった。

でも、キラキラと金色の光が流れ落ちていた。


リタが止めどなく涙をこぼしている。


……違うんじゃない?

リタは、ドラコに逢いたくないんじゃなくて……逢えない理由があるんじゃないの?


もしかして、リタ、ドラコのことが好きなんじゃない?