イザヤはちらりと私を見てから、さっき私がちょろっとだけ弾いたチャイコの「白夜」を吹いた。


わかったわかった。

楽譜があるなら、お稽古するよ。


私はあきらめてイザヤにうなずいて見せた。


イザヤは満足そうに婉然とほほ笑んでから、大きく息を吸い、一気に音を送りだした。

リコーダーとは全然違う、華やかな音がイザヤにはよく似合った。

楽しそうに音と戯れ、周囲の心も弾ませる。




「踊りたくなるな。」

そう言って、ドラコはすっくと立ち上がり、つかつかと私の前にやってきて手を差し伸べた。



え?マジ?


思わず、私のダンスの先生でもあるティガを見た。


ティガは、苦笑まじりにうなずいた。



私はおずおずとドラコの手に自分の手を預けた。



ドラコのリードは、意外なことにティガよりも優しかった。

……単に、私を自由に踊らせようとしてるのかな?

でも、私、音楽と同じで、ダンスもアレンジなんかできないよ?

教科書通り、教えられた通りのステップでくるくる回る。



ちょっと楽しくなってきた頃、ぷつりと音が途切れた。



「リードが割れた。」

イザヤがそう言って、リードをガボーイから抜いた。




「夜も更けましたね。お開きといたしましょうか。」

そう言って、ティガも立ちあがった。



少し残念そうにドラコも私から手を離した。




ドラコとイザヤが客室へと引き上げるのを待って、イザヤはバイオリン……じゃなくて、スクリプカを手に取っていた。

そして、何も言わずに弾き始めた。

いや、言葉なんかいらないよな、これ。

負の感情が爆発している。

ただただ怒ってる……こわっ。


うーん。

前に、リタが聞いてられない!と怒鳴りこんできた気持ちがわかるわ。


スクリプカの音は人間の声に近い。

まるで女性がヒステリックに騒ぎ立てているように聞こえる。


イザヤ。

立場上、忸怩たるものがいっぱい鬱積してるのだろか。


ドラコはイイヒトだと思うけど、隣国に協力云々は腹立たしかったよね。


……あ。

音が泣いてる。


怒りを発散した後に残るのは、悲しみ。

やるせない、行き場のない哀しさ。


イザヤの心が……泣いてる……。



「なぜそなたが泣く。」

イザヤに指摘されて、私は初めて自分が泣いてることに気づいた。