「うわ~~~~~~~~~~。」


珍しくお父さんがはしゃいで声を挙げるほど、海津大崎の桜は見事だった。


湖に張り出した800本のソメイヨシノがずーっと続く……何と4km!


一里(いちり)も……」

わざわざ昔の距離の単位に換算して感心するお母さんは、やっぱり変なヒトだと思う。

やたら古い本ばっかり読んでるから、感覚がずれてるらしい。



「ほら、見える?いざや。綺麗やで。」


手の中の伊邪耶をそっと桜のほうに押しやった。




「もそっと近づきますわ。」

おじさんはそう言うと、桜の中に突っ込んだ。


まさに花のトンネル!




「イザヤ、オチタ。」


心配そうな私のたよりない声を真似て、伊邪耶がそうつぶやいた。



「落ちてへん落ちてへん。ほら、いざや。綺麗~。食べる?桜。……食べへんわなぁ。」


雑食なはずなのだが、伊邪耶は小さい頃から偏食だ。

まあ、だから小さいままなのかもしれない。


「食べないでしょ。……あ、食べてはる?美味しいの?いざや。」


伊邪耶は、確かに桜の花びらを囓っていた。

でも、花びらよりもおしべやめしべが甘いと気づいたらしく、花の中に必死で顔をつっこみはじめた。


……あかん……かわいすぎる。


「いざや、かわいい!」


桜より愛鳥の伊邪耶に夢中な私たちを、お父さんは苦笑して見守っていた。


***


「ほな、島、行きますで。……雲が怪しなってきたわ。」

おじさんはそう言って、ぶい~んと船の速度を上げた。


波をかき分け、風を切り裂くように船は進む。



ちょうど竹生島を覆うように黒い雲が濃くなっている。



「まいら、合羽(かっぱ)着なさい。希和も。」


お父さんが、お母さんの鞄から雨合羽を出して手渡してくれた。


「お父さん、いざや、持ってて。」


手の中の伊邪耶をお父さんに預けて、私は素早く合羽を着ると、再び愛鳥を受け取った。



お父さんが合羽を着終えてすぐ、ぽつりぽつりと雨が降り出した。



「ゲリラ豪雨になりそうや。急ぐわ。」

おじさんも雨具を着て、さらにスピードを上げた。



「竹生島の弁天さんも、竜神さんも、大歓迎やな。」


苦笑するお父さんに、お母さんがするりと寄り添う。


「お能の『竹生島』では、音楽が鳴り響き、花が降ってきて、イイ香りがするのよね。」