ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物

イザヤは黙って私に毛布を掛けて、なんと、そのまま抱えた。


……お姫さま抱っこじゃないのか。


しかも乱暴というか、ものすごいスピードで走り、通用口のような小さな木戸から御屋敷に入った。



御屋敷は、中も豪奢だった。



「イザヤさま。こちらへ。早く。……見張りの者がきます。」


さっきの女のひとの声だ。

やっぱり、イザヤのお姉さんではなかった。


灯りがついてないままなので、よく見えない。


「かたじけない。ミシルトどの。」

小声でイザヤが囁いた。


……みしると……。

それが、このひとの名前なのか。


不思議と、嫉妬はなかった。



イザヤは私を抱えたまま小さな小部屋……ではないな……物置?……しいていえば、クローゼットの中に入って、扉を閉めた。


私は、ようやく肩から下ろしてもらえた。


そのまますっぽり、イザヤの腕の中に抱えられた。




「灯りを点してみてください。」


扉の向こうのミシルトの指示に、イザヤが小さなランプを灯した。


精悍な美しいお顔が浮かび上がった。



また涙がこみ上げてきた。


「……灯りは漏れてません。ご不自由でしょうが、朝までそこで隠れてらしたほうがよろしいかと。……くれぐれも、お静かに。」


「わかった。ミシルトどのも部屋へ戻られよ。……感謝する。」

堅苦しい言葉遣いだなあ……と、何となく違和感を覚えた。



ミシルトの静かな足跡が遠ざかった。




「……満身創痍だな。」

声になるかならないかの声で、イザヤが呟いた。


瞳がすごく優しい。

さっきとは別人。


イザヤだ。

私のイザヤだ。



「あちこち、めちゃくちゃ痛い。……さっき、足首捻挫して、ズキズキする。」

私はそう言って、おそるおそる右手を伸ばして、イザヤに触れようとして……手首をガシリと掴まれてしまった。


イザヤの目がまた怖くなった。

「この手はどうした?拷問を受けたのか?」


「あー、えーと、たぶん舟を漕いでできた血豆が、水路のロープで裂けた?石垣も痛かったよ。……あ、血がついてるかも。見つかっちゃう?」


イザヤの顔がくしゃっと歪んだ。

やっぱり綺麗だなあと見とれる私を、イザヤは強引に抱きしめた。


正直、体中が悲鳴をあげるぐらい痛かったけれど……うれしかったので我慢した。