ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物

リタの書いてくれた地図は、頭に叩き込んである。

方角もわかる。

だから、知らない街でも大丈夫!



とにかく人に遭わないように大通りを避けて、小径を縫うように進んだ。




イザヤのお姉さんのお家は、山と川の間の、いわゆる御屋敷街にあった。

さすが元宰相の家だ。


川辺は見晴らしがいいので目立つのでやめて、山際を伝ってぐるりと廻り……誰もいないことを確認してから、思い切って、石垣をよじ登り、さらにその上の塀へと上がった。

ら、門の向こうから、誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。

たぶん、ティガに指示されて見張っているというドラコの部下の兵士だろう。


見つかるとまずい。


私は、無我夢中で塀から中へ飛び降りた。

着地した地点は平坦ではなかったらしい。


私は、そのまま滑り落ちた。



身体中のあちこちが痛い。

木の枝で引っ掛けたようだ。


満身創痍だわ。



起き上がろうとしたけれど、足首がズキズキと痛んで立ち上がれなかった。


捻挫したかも。

……まさか、骨折じゃないよね?


とにかく、御屋敷の中へ……。


立てないので、仕方なく、四つん這いで動こうとした。

既にボロボロの掌に、庭石はさすがに堪えた。


……困ったな。

まだ傷めてない箇所……肘でなら行ける?


まるで、柔道の準備運動か軍隊のように、肘の力で匍匐前進した。


すぐに肘も痛くなってしまったけれど、そんなこと言ってられない。


広い御屋敷のお庭を匍匐前進しているうちに、また空が白んで来た気がする。



あと少し……。


不意に、近くの窓が開いた。

真っ暗な御屋敷の中、人影がこちらを覗き込んでいた。



「……イザヤ……」

それがイザヤだという確証もないまま、私は口走っていた。


「しっ。黙って。すぐ行くわ。」

女性の声。

イザヤのお姉さん……?


……違う。


使用人さん?

それにしては、高圧的だな。



目をこらして見ようとしたけど、暗くてよくわからない。

と、大きなものを抱えた人が走って近寄って来た。


……今度こそ、イザヤだった。


「イザヤぁ……。」

それまで全く出る気配のなかった涙が、堰を切ったようにどっと流れた。


「静かに。」

イザヤの形相は、めちゃめちゃ怖かった。


びっくりして、涙が引っ込んだ。