「……私も……価値のわからない者にも、上手に弾きこなせない者にも、売りたくないと常々思っていた……。そして、私以上に我が楽器の価値を知る者も、上手く弾ける者もいないと思っている。……しかし膨大な楽器や楽譜を収納できる建物も、メンテナンスするための費用も、もはや望めぬのならば……まいらの言う通りにしてもよいかもしれない。」


オトナの了見をしてくれたイザヤに、ちょっと泣きそうになった。


「じゃあ、それで、イザヤの就職と、楽器の問題はオッケーとして……この館で働いている人たちのことだけど……希望する人は、このままここにいてもいいのかな?……ティガが、この館を守ってくれるなら安心なんだけど……。」


ティガの片眉がぴくりと上がった。

「……何も、私個人がこの館を接収するわけではありませんが……私としても、この館は研究にとても都合がよいので、このままの状態を保持していただきたいと既にお願いしています。」


既にって、いつからよ。

本当はめっちゃ前から隨分周到に用意してたんでしょうねえ。


嫌味のひとつも言ってやりたくなったけれど、そこは飲み込んで、笑顔を作った。

「よかった。ティガが管理してくれるなら安心だわ。……私達も、たまには遊びに来てもいい?」


カピトーリからこの館まで、12里半……約50km。

頑張って歩いて歩いて10時間ぐらい。

馬でも常歩なら半日はかかるので、そうしょっちゅうは来られないだろう。



でも、ティガは、今日一番の笑顔で言った。

「おや。違いますよ。まいらは、私と、この館に留まるのです。……早晩、楽器とともにカピトーリに行くのは、イザヤどのだけです。」


「冗談ではない!まいらは、私の側室だ。いや、愛妾だ。私が連れてゆく。」


……イザヤの激高が、うれしい……。

身体の奥がきゅんってした……。


……なーんて、お花畑状態ではいられないか。



改めてティガを見た。


笑顔をキープしているけれど、ティガの目は笑ってなかった。

どうやら、冗談ではないらしい。



私は、感情的にならないように気をつけて口を開いた。

「シーシアからカピトーリに来てって言われてたから、ティガも同じように考えてると思ってたわ。違ったんや。……もしかして、今、私がカピトーリに行くことは……何か問題あるの?」

「単に私と引き離したいだけではないのか!?」