「うん。まいら。昨日全然しゃべれへんかったから、来ちゃった。元気?」



ガチャリと鍵を解除する音がして、大きなドアが開いた。


グレーのシンプルなドレスに身を包んだシーシアが飛び出してきて、私の足許に跪いた。


……またか。

止めても無駄なのは前回よくわかったので、私は料理人さんに、あははと乾いた笑いを見せた。


料理人さんは目をまん丸にして心底驚いていたが、私とのアイコンタクトで気を取り直し、お茶のセットを室内に運び入れてから、恭しくお辞儀をして下がってった。



「気が済んだら、お茶、冷めないうちに、飲もうか?」

そう声をかけたら、ようやくシーシアが顔を上げた。

その瞳に、きらきらと宝石のような涙がたまっていた。 


まるでアメジストの原石みたい。

綺麗だなあ……と見とれた。




「ありがとうございます。あの、わたくし……まいらさまに、お願いが……」
 

「うん?なんやろ。……お茶飲みながら聞くわ。部屋に入れて。……あれ?なんか……」


シーシアの寝室は、すばらしい調度品で飾られている……のだが、夕べの格闘の痕だろうか……天蓋もカーテンも破れていた。


「……これ、イザヤが乱暴したの?……シーシア、怖いこと、されなかった?」


暴れたのはシーシア本人だとイザヤからは聞いたけど、念のため、中立の立場で状況を確認した。


シーシアは、恥ずかしそうに答えた。
 
「わたくしが破ってしまいました。……イザヤさまは……怒ってはいらっしゃいましたが……乱暴は、いたされませんでした。……すべて、わたくしが悪いのです。」


「あ、よかった。……でも、意外。シーシア、カーテンに八つ当たりしたの?……イザヤのこと、怖かった?」
 
 
紅茶のポットを傾けながら、そう尋ねてみた。


シーシアは、子供のように私の背後にくっついてきた。

「あの……まいらさま、わたくし……。あの……。」


もじもじと、言いよどむシーシアに、私は笑顔でティーカップを差し出した。


「私に気を使わなくても大丈夫。シーシアは、名実ともに、イザヤの正妻になったんだから。……今は怖いかもしれないけど、イザヤ、優しいヒトだから。みんなで仲良く暮らそうね。これからも、よろしく。」


 
シーシアは、カップを受け取らなかった。

床にへたりこみ、這いつくばって、しくしくと泣き出してしまった。