ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物

……へ?

指一本、って……。


「……イザヤ、花嫁に、ふられたの?」


身も蓋もない聞き方をしてしまった。



イザヤは顔をしかめた。

「違う。私は私の所有する当然の権利を行使することを放棄したのだ。……縛っても、スヴァート(介添人)が押さえつけても、遂行せねばならない儀式なのだが……正直なところ、私も、これ以上、あの女に関わりたくなくってな……それほど嫌なら国へ帰れと言ったのだが、それはできないそうだ。だったら死ねと言ったら、暴れ始めた。信仰上、自殺はできないから、殺してくれ、ということらしい。」


「うわぁ……めんどくさい……。」


私の素直な感想に、イザヤはもっともだと大きくうなずいた。




……いや、縛って、とか、押さえつけて、とか……さすがに気の毒だけどさ……そもそも、そんなに嫌なら、最初から結婚辞めちゃえばいいのに……。

一通りの式典を済ませて、最後の最後にそれって……どうよ。



「そう。めんどくさい。本当に殺してやろうと思ったが、手元に剣がない。首を絞めようにも、近づくな、触るな、と暴れる。」

イザヤは淡々と続けた。


……けっこう、酷いこと言ってるなあ……イザヤ……。

まあ……プライド、ズタズタだろうしなあ……。




「剣を取りに行こうとしたら、ティガが来た。」

「あ。やっぱり、そっちに行ったんだ……。」

「やっぱり、って……普通なら、あってはならないことだがな。重臣たちは、顔色変えて、怒鳴ってたぞ。……だが、私には、ティガが天の助けに見えた。……あの女も、そうだったようだな。私には触れるなと言ったくせに、ティガには自らすがりついて助けを求めた。」


さすがに、憮然としてるイザヤが、かわいく思えた。



「いとこ同士やもんね。……じゃあ、ティガが、儀式を止めさせてくれたの?中断?中止?延期?取りやめ?」


だんだん自分の声が弾んできていることを、自覚した。

もちろんイザヤにも伝わっているらしい。

 

私の髪を撫でながら、イザヤは言った。

「……表向きは、滞りなく儀式を完遂し、私はあの女と結婚した。しかし、実際には『白い結婚』となった。これからも、触れることもない。……こんな風には……な。」


白い結婚!

……えーと、確か、ルクレチア・ボルジアの話にあった気がする。


つまり、体の関係のない婚姻ってことなんだろうけど。