玄関のドアを開け、庭を通り抜け、門を出た。

真っ暗だけど、見上げれば、月の欠片たちがキラキラと輝いていた。

それに、心地よい波の音……。

寒いけれど、火照った心と身体には、心地よかった。


砂浜を、ただ、歩く。

泣きそうになると、夜空を見た。


……帰りたい。

初めて、強くそう願った。



お父さんに会いたい。

お母さんに会いたい。

孝義くんに会いたい。


……この湖に飛び込んだら……帰れるのかな……。


死んじゃうかもしれないけれど……もしかしたら、帰れるかもしれない……。

帰りたい。

私の生まれ育った世界に。




ふらふらと、湖のほうへ歩いていく。

だが、足が湖水に濡れただけで、現実に戻された。


つべたいわ……。


てか、このまま、足の届かないところまで歩くとか、絶対に無理でしょ。

生存本能が邪魔するわ。



……そうだ。

ボートだ。



……いや、待てよ。

せっかくボートを使うのなら、飛び込むより先に、あの湖底から湧き上がっていた温泉!

あそこに行ってみようかな。



思いついたら、楽しくなってきた。


勢いよく方向転換して、船着き場を目指す。

いつも通り、イザヤのボートがぷかぷかと繋留されていた。


夜の湖は何となく怖いけれど、イザヤが教えてくれた通り、夜空の星を観れば方角もわかる。

大丈夫。

多少の心細さはあるけれど。


……やっぱり、鳥の伊邪耶を連れてくればよかった……。


後ろ髪を引かれたけれど、頭を振って、大きく深呼吸をした。

冷たい冬の夜の空気を胸一杯吸ったら、頭がスッキリした。


 
ざくざくと砂浜を踏みしめて歩く。

と、からのはずのボートの中から人影が現れた。


びっくりして、足を止めた。


真っ暗闇なので、首を伸ばしても、全く見えない。



「……。」

「……。」


広がる沈黙。


艇上のヒトも固まっている。

お互いに、めっちゃ警戒してる……。



埒があかないので、私は声をあげた。

「それ、ここの領主のボートやから、勝手に使うと怒られますよー。」


緊張感が溶けた。


笑いを含んだ小声がした。

「まいら、か。静かに。……おいで。」


イザヤだ!

この声、間違いなく、イザヤ本人だ!

え!?

何で!?


何で、独りで、夜のボートで寝転んでたの?


おーい?

初夜はどうした? 


無事終わったからって、花嫁ほっぽって、独りで何やってんの?