階段を上がっていて、気づいた。

私、自分のお部屋の鍵、忘れちゃったみたい。

やっぱり酔っぱらってるんやねえ。


……うーん、これじゃ、自分の部屋に入れない。


マスターキーは、イザヤと執事さんが持っているけれど……さすがに、今夜は、煩わせるわけにいかないよね。


あーあ。


仕方なく、私は、ティガの研究室へ取りに戻ることにした。


急げば、ティガに追いつくかな。

2人揃って、忘れ物するなんて……リタにもドラコにも、笑われそうだわ。



さすがに今度は遠回りせず、最短経路を歩いた。


北の棟へ続く扉の前には、従者2人が控えて立っていた。

2人は、私を見ると、恭しく頭を下げてくれた。

私も会釈して通り過ぎようとした。

けど、このタイミングで、また足がもつれてしまった。


バランスを崩して転びそうになった私を、従者くんが、慌てて手を出して、支えてくれた。


「ありがとう。ごめんなさい。」

「いえ。……まいらさま。どうか、お気を落とさず……。御館さまのお気持ちは、私どももみな存じ上げておりますので。どうか……。」


うわぁ……。

めっちゃ、同情されてるよ、私。


……ほんとに、みんな、優しい……。

優しすぎて……。


せっかく我慢していたのに、また涙がこぼれ落ちた。



「あはは。ありがとう。でも、私は大丈夫。大丈夫だから。……だから、みんな、シーシアに、優しくお仕えしてあげてね。すごーく善良な、イイヒトだから。」


涙をポロポロこぼしながら、それでも本妻のことを頼む側室に、従者くんたちも感極まったらしい。


涙目で、何度もうなずいて……それから、ふと気づいたように、状況をこぼした。

「北の方さま、ティガさまが来られて、ようやく落ち着かれたようですね。」

「ほんとだ。静かになりましたね……。」

「……。」


私の涙がぴたりと止まった。

けど、もちろん何も言えない。

言えるわけない。


……どういうこと!? 

ティガ、今さっき、忘れ物をしたって、……あれ?

嘘だったのかな?
 
研究室に戻らず、北の棟に入ってったの?


……あ。

そう言えば、さっき、違和感をおぼえたわ。

ティガの言葉。

忘れ物をしたから行ってくる、って言ってたわ。


異世界の言葉の翻訳機能はかなり優秀みたいで、ニュアンスの違いもちゃんとわかるように伝わるのよね。