雄たけびと同時に固い何かに頭を殴られ、俺は弾き飛ばされた。

ドロリ、と赤黒い血が垂れ鉄の匂いが充満する。

でも不思議と痛みはなかった。

今の俺を支配しているのは、圧倒的な欲望と怒り。

「綾瀬に何やってんだよてめえ!」



椅子を構えた秋人が、肩で息をしながら俺に怒鳴った。

騒ぎで目を覚まし、椅子の足の部分で咄嗟に俺を殴ったのだ。

「秋人……邪魔すんなッ!」



俺が吠えると、秋人は獣を見るような目で僕を見た。

「勇樹……お前のこと信じていたのに……こんな状況でも、お前だけはいつも通りのお前で笑い飛ばしてくれるって……なのに一体どうしちまったんだよ!」

「どの口が抜かしてやがる! 昨日お前は確かに俺にこう言ったよな⁉ 『たまにはいつも通りじゃなくなって欲しいけどな』って。願いが叶って良かったじゃねえか!」

「バ、バカ野郎ッ! だからってこんなことを望むわけがないだろ!」



血が目元まで垂れて、視界が赤く霞む。

ふと一瞬、痛みで正気に戻る。

あれ? 僕はどうして秋人とケンカしているんだっけ? どうして綾瀬はあんな怯えた目をしているんだっけ? 俺はどうして僕はなんで俺が僕で僕が俺でああもううるさいうざったい鬱陶しい面倒くさい黙れッ!

真っ白な病室と網膜に焼き付いたテレビの情景が脳裏を過る。

教室で一人の少年が、雄たけびをあげながら生徒たちを襲い狂気に目を輝かせる。

ケニー先生が、眼鏡越しに目を細めて微笑を浮かべ俺に囁いた気がした。



「――いいんだよ雨宮君。もう我慢する必要なんてどこにもないんだ」