綾瀬だった。

腕組みをし、まるで一か月前の出来事が嘘の様に利発な表情を浮かべている。

「綾瀬……どうしてここに」

「誰かさんのせいで死にかけたけど今日めでたく退院したの。で、何となく勇樹がくだらないことをしようとしてるんじゃないかって思ってここに来たわけ」

「くだらなくなんかない――僕はこのままでは永遠に罰せられない。だから自分で自分の罪を償うしかないんだ!」



僕が叫んだその時、綾瀬は近づいてきて銀色の髪をなびかせながらスマホを突き出した。

「勇樹。アンタ、この一か月小説を何も更新してないでしょ?」

「ユートピアート……⁉ どうして綾瀬が」

「差出人不明のフリーメールから招待されたから入ってみたの。きっと私も勇樹たちと『同類』だと判断されたんだと思う。もちろんすぐに勇樹をフォローして小説も全部読んだよ」

「なっ……!」



羞恥心で顔を赤くする僕の前で、綾瀬は邪気のない微笑みを浮かべた。

「どれも凄く面白かった。まだ書き始めてから一年半しか経ってないとは思えないくらい。ちょっと自虐的で、笑いのセンスが欠けてる所があるけど」

「……う、うるさいなあ……」

「だからね、例えどんなことがあっても私は勇樹に死んでほしくない」



綾瀬はそう言って……青空を映した透き通った目で僕を見つめた。

「ど、どうしてだよ」

「もし勇樹が死んでしまったら、勇樹の小説が二度と読めなくなってしまうから」



「そうなるくらいなら、私も一緒にここから飛び降りる」



はっきりとそう言い切った綾瀬に、呆気にとられて佇立していた僕は……おかしくなって思わず大声で笑いだした。

「な、何よ⁉ 私今そんなにヘンなこと言った⁉」

「いや……相変わらず綾瀬は変わらないなあと思って。そういう破天荒なところとか」

「ゆ、勇樹だって中身はあんまり変わってないじゃない! 大人しそうに見えて実はドSなところとか!」

「そんなドSを従わせるんだから、綾瀬は大したもんだよ」

「え、それじゃあ……!」

「ああ」



僕は青空の下、久しぶりに澄み切った笑顔で綾瀬に告げた。



「死ぬのは当分やめておくよ――今死んだら、せっかくの新規さんを失うことになっちゃうからな」