ガクッ、と遂に綾瀬の体から力が抜ける。

そのまま彼女は、安らかに目を閉じながら僕にもたれかかった。

「でも……それは贅沢だよね……勇樹の胸の中で……逝けるなら……私はきっと……充分に……」



消え入るような綾瀬の声は、そこで途切れた。

目を閉じた彼女の横顔はやはりあの少女にそっくりで――その顔を見て、僕はある情景を思い出す。



あの雪の降る夜――誰よりも愛した少女を殺し、共に過ごした理想郷を消し去ったあの夜を。



桜の花びらが落ちてきて、誰よりも深く眠る綾瀬の頬に張り付いた。

僕は彼女の物言わぬ体をそっと屋上に横たえて、その場から立ち去る。

綾瀬のあの快活な笑顔を見ることはもう二度とない。

僕がこの学校に再び登校することも。



――でも、だからどうしたって言うんだ。



僕は生まれてからずっと誰かに人生を狂わされ続けてきた。

だけど、唯一僕に何よりも大切なものを与えてくれた少女がいた。

その少女がこの光景を見たら何というだろう。きっと失望しながらこう告げるに違いない。

悩める大勢の人々を救う使命を持つ人間が――本当に一番救いを求めていた少女を切り捨ててしまって良いのかと。

例え隣にいてくれなくても、彼女を裏切るわけにはいかない。



奈波に報いる為なら……何度だってこの身を犠牲にしてやる。



僕は深呼吸すると、全力で階段を駆け下りて入学を控えた生徒が集う体育館へと走った。



希望に満ちた日々を送る為ではなく――己の絶望を受け入れる為に。