「黙れよ」



ずっと眠っていた、久しぶりのドス黒い衝動。

それが全身を毒の様に侵食していって――『俺』は目を覚ます。

目の前にいる憎い女に向かって、湧き上がる怒りを声に乗せて俺は凄む。

「お前、自分が何を言ってるか分かってんのか?」



綾瀬は俺の腕に手を添えながら、小動物の様に怯えた目つきで見上げる。

「私は……私はただ、勇樹を励ましたくて――」

「お前に俺を励ます権利なんてねえ!」



ドンッ! と空いた方の手で、彼女の後ろのフェンスを歪むほどの勢いで殴りつける。

「事情はどうであれ、お前は俺を呼び出す為に計画に加担した! それなのに雨宮の奴はお前を殺した罪悪感にずっと苦しんで、あのイカれた医者に都合よく利用されて、その挙句いきなり俺の前に現れておめでとうだと⁉ ふざけてるのか⁉」

「ごめんなさい……本当はずっと謝りたかった。でもいざ勇樹に会ってみたらどんな顔をすればいいか分からなくて……でも」



綾瀬は、俺に締め上げられながらも微笑みを浮かべた。

「奈波さんってパートナーが出来たなら……もう勇樹は一人じゃないよね。なら私は奈波さんに感謝しなきゃ」



ドクンッ。



衝撃で、一瞬意識が『僕』に戻る。

目の前の銀髪の綾瀬と奈波の顔が重なってフラッシュバックする。

現実世界から消えてしまった奈波。

ネットの世界からも消えてしまった奈波。

やっと出会えたのは……彼女の面影を被った、死んだはずの少女。

綾瀬が語った真実と、計画によって仕立てあげられた先駆者。

倒錯する思考に拍車をかけるように、彼女が僕に囁きかける。

茶色の瞳以外は、奈波と瓜二つのその顔で。



「勇樹はもう充分頑張ったよ。――勇樹はその手でみんなの理想郷を創り上げたんだから」



気が付けば僕は再び『俺』に奪われ……その両手は、綾瀬の首元に食い込んでいた。



「その顔で……その姿でふざけたこと言ってんじゃねえええッ!」