綾瀬の茶色の瞳は、今まで見たこともないほどに真剣だった。

それでも僕は信じることが出来ない。いや、絶対に信じたくない。

「冗談はその辺にしてよ」



僕は思わずヘラヘラと薄ら笑いを浮かべた。

「いくらなんでも信じられるわけないだろ……たった一人生徒の為に、テロリストに学校を占拠させるなんて……」

「もちろんあれは本物のテロリストじゃない。そう見える様偽装した政府の特殊部隊よ」

「政府? 僕の為に国が動いたとでも?」

「動いたどころじゃない。これは最初から国家レベルの機密実験だった。勇樹は運悪くその被験者に選ばれたの……勇樹が小学生の頃、精神病院に通うことになったその時から」



話が大きくなり過ぎて混乱する僕の前で、綾瀬はなるべく簡潔に説明する。

「勇樹は偶然国の研究機関に『実験対象』に選別され、偽りの映像と投薬によるマインドコントロールによって自分が二重人格だと思い込まされた。じっくりと五年かけて刷り込みを行った後、組織は私たち三人という駒を使って勇樹の人格を壊しにかかった。――それがあの偽装テロリストによる襲撃事件」



そこまで言い切ってから、綾瀬は暗い目を伏せる。

「その結果どうなったかはもう言わなくてもいいよね……勇樹は組織の思惑通り、薬のない状況に耐えられなくなって裏の人格を暴走させた。もちろん私たちはそうなることを知らされていた。ギリギリまで勇樹を暴走させてから、私は神崎さんに襲い掛かる勇樹を隠し持っていたスタンガンで気絶させた」



そうか……だから僕は神崎さんを襲った後の記憶が全くないのだ。

「――そして『勇樹に殺されたことになった』私たちは組織に連れ出され、バラバラに離れた場所へ転居させられた。さっきは高校デビューなんて言ったけど、髪型を変えたのもあの中学校の同級生と万が一同じ高校になってもバレにくくする為よ。何しろ私はあの学校の生徒全員にも死んだと思われているからね」



綾瀬は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「まあ……よりによって一番バレたくない勇樹本人にバレるとは思いもしなかったけどね。これが私の知っている全てよ」



綾瀬は語り終えると、疲れた様子でフェンスにもたれかかった。

僕は桜交じりの風に銀髪をなびかせる綾瀬を前にして、何も言えなかった。

混乱する思考の中で、一つ一つ糸が繋がっていく。

今思えばあの事件の夜、全員の様子がおかしかったのは僕がこの後暴走することを知っていたからだ。

他にも分かったことがある。奈波の心的外傷の元となったスタンガンショック死事件だ。

あれも組織が仕組んだものだとしたら、きっとイジメた生徒はショック死なんてしていない。

最初から組織とグルになっていて、スタンガンを使わせて死んだふりをする為奈波をイジメていたのだ。



つまるところ――僕と奈波は最初から、実体のない悪夢を見せられていただけだった。