「おかえり。雨宮君」

気が付くと、僕は病室のベッドで大の字になって倒れていた。

ケニー先生はいつも通りの笑顔でこちらを覗き込んでいる。

まるで先ほどの出来事が全部嘘であったかのように。

だが、無残に割れた花瓶の破片がそうではないことを示していた。

もしかしたら、ケニー先生その為にわざと花瓶を片付けなかったのかもしれない。

学校の事件の時は最後の方の記憶がなかったが、今回は全て覚えていた。

「僕は貴方を許さない」



僕が告げると、ケニー先生は悲しそうに肩をすくめる。

「それは残念。せっかく完成した矢先に嫌われてしまうとは。まあ君のメンタル的にもよろしくないし、来週からは担当医を外れるよ。無意味で苦痛なビデオ鑑賞からも解放される。それでとりあえず良しとしてくれ」

「当然だ。貴方の顔なんか二度見たくない。とっとと目の前から消えて欲しい。だけど――」



僕は血が出そうになるほど唇を噛んで悔しさを堪え、言い放った。

「その前に、僕を救う方法とやらを教えて下さい。その為に僕は貴方を生かしたんだ」

「もちろん、最初からそのつもりさ」



ケニー先生はスマホを操作すると、僕のLINEにIDを送った。

「とある人物のLINEのIDだ。今夜の十時、それを追加して連絡してみるといい。救われるかどうかは、その先の君次第だ」

「その人物とは誰ですか? 貴方の言う『救われる』とはどういう意味なんですか?」

「どちらも今は答えられない。今は黙って私の言うとおりにするんだ。その人物と一週間はコンタクトを続けてくれ。もしそれで何も得られなければ私を殺しにくるといい。その程度の覚悟は出来ている」



相変わらず飄々とした口調ではあったが、その目は珍しく真剣だった。

僕は画面に表示されたIDをもう一度見つめ、それから黙って立ち上がった。

「君と違って『彼』は生きることを願っている。だから当分『彼』はきっと君の邪魔はしないはずだ」



去り際の先生の一言に、僕は振り向いて感情のない声で答えた。

「訂正して下さい先生」

「ん、何をだい?」



「僕だって本当は……許されるならば生きていたいんです」