俺はケニー先生の胸倉を掴んで壁に叩きつけた。

衝撃で棚に飾られていた花瓶が落ちて派手に砕け散る。

割れた眼鏡の奥に光る目を睨みつけて、俺は吠える。

「返せよ! お前が俺から奪ったものを! 綾瀬を、秋人を、神崎さんを返せ!」

「おやおや、薬が偽物だと分かった瞬間抑えが効かなくなったようだね」



ケニー先生はニヤリと笑った。

「私を殺したければ殺せ。君にはその権利がある」

「ああ今すぐぶっ殺してやるよ!」

「だが今の君はそれでいいのかい? 一度でも宿主である雨宮君の声に耳を傾けたことはあるのかい?」

「俺はアイツの中にずっと閉じ込められてきた! 薬という枷が無くなった今は俺の好きにさせてもらう!」

「私を殺した後もし元の雨宮君に戻ったら、彼は間違いなく死を選ぶだろうね」



その言葉に、俺はハッとした。

「私が君を救うと言った言葉は嘘ではない。その方法を聞く前に私を殺してしまって本当にいいのかい?」

「ダ……マ……レ……!」

「君はようやく雨宮君から解放されて自由になりかけている。君自身はまだ生きることを望んでいる。だが雨宮君自身はすっかり絶望し死を渇望している。……よく考えてみなさい、もう一人の雨宮君。私なら、今感情に任せて行動するのは得策とは思わないけどね」



俺は今すぐケニー先生の顔面をグチャグチャに壊して、その細い喉を絞めてやりたかった。

殺したい壊したい。だが今コイツを殺せば希望とやらが消える。

人格が表の雨宮勇樹に戻ってしまった時、きっと奴は死を選ぶ。それはつまり俺自身も死ぬってことだ。

難しいことはよく分からねえ。だけどただ一つ分かっていることがある。



それは、まだ俺が生きていたいということ。



アイツの方はそれを望んでいない。

いつ人格が切り替わってしまうかも分からない。



俺は握った襟元が破れるほど手に力を込めて歯を食いしばって、そして――