「えーーーっ?なに?聞こえないーーー!!!」

大音量の中で、私は大好きな音楽に身体も心も任せる。

「どう?これ使ってみない?」

耳元で囁いた男は、長身で小麦色肌をした20歳すぎの男

「酒くさ……」

ポケットからチラッと見せつけてきたものは、小さな透明な袋でその中に錠剤が入っている。

ヘラヘラとおぼつかない足取りの目の前の男は、焦点すら合ってなくてそれでも私に必死に誘ってくる。

「むり!!興味ないっ!!」

そう強めな口調で言い放つと一瞬で顔つきが変わっていき「チェッ!!」と大きな舌打ちをして目の前から消えた。


"薬物に手を出しちゃダメ!溺れたら全て失うからね!"

初めて弥生先輩にクラブに連れて行ってもらって時に"これだけは約束して"と言われた言葉。

果たして弥生先輩がそれに手を染めていたのかはいまだに分かっていないしシロでもないような気もするのだけど

どちらにしても、私は弥生先輩と約束を交わした。

だからどんなに辛くて苦しい時も、悲しくて寂しい夜も投げやりになりたい時も私は守っていた。

クラブでは薬物が蔓延しているという噂はいつになく耳に入る


弥生先輩に少なからず憧れていたのもあったけど、それよりも、いつか愛に会いに行くと、決めてた気持ちが 片隅にあったのかも知れない。

近場にそんな状況があっても私は興味すら持たなかった。

「ねぇねぇ~飲もうよ~久々じゃん~!!」

今度は違う男が私の肩に手を置く

「名前なんていうの?」

「七海」

そう、クラブで出会った人たちにも私は七海と名乗っていた。とにかく一人の時間だけは作らないように気がつけばそうやって生きていたのだ。

「へぇ~可愛い名前だね~顔も可愛いけど!!」

大音量の中、男が私の耳元でそう大きな声で話し出す。

「だから、あんたには興味なんてないよ」

そう耳元で囁けば、一瞬でほらさっきの男と同じような憎悪に満ちた顔をする。


「ふんっ」

そう鼻で男をあしらえば、私に向かって唾を吐きだした。

「きったねぇ~な」小さく呟きながら私は男の後ろ姿に向かって大きなため息を吐きだすと、再び音楽に合わせて身体をゆっくりと動かした。