そう、私は新しい名前「七海」ななみとして生活を始め、生きていくと決めていた。

歌舞伎町はキャバクラの激戦区。

歳をごまかしてなんとか入れてもらいお店の寮に住んだ。
寮と行ってもオートロック設備のしっかりとしたマンションで、さすが東京だと感じた瞬間だった。

そこそこの生活が出来ればいいのだと思っていた私は、ノルマ、売り上げ人並みに行けばいいと思い、最低限の無遅刻、無欠勤を目指してはいたが、お客さんに営業をかけることもしなかった。

過度に褒めず媚びず少し素っ気ないような態度を振る舞う。

私はここで生きぬくために、踏み込んだのではなく、七海として生きられれば、なんだって良かったのだ。

だけどそんな姿勢にキャバクラ慣れしている黒崎さんをはじめ一部のお客様からは気に入られてなんとか売上が立っていた。

それはそれで都合が良い。

黒崎さんが、私を指名するようになり、私はどこかお父さんのような、いやお爺ちゃんのような存在の黒崎さんの席に着くとどこか安心した。


「七海、たまには息抜きしないとな」

「えっ?」

「人間無理は出来てもな、無茶は出来ないんだよ」

その日も、黒崎さんは私を指名してくれて「好きなもの頼め!」なんてメニューを黒服に持って来させては私の膝の上に開いて置いてくれた。

「この席に来たら休憩だ」

そんな風に言ってくれる黒崎さんを私は慕った。


この業界の事、食事のマナーを黒崎さんの苦労話も私に教えてくれていた。
面倒見がいいというのは黒崎さんみたいな人をいうのだろう。

私を孫のように可愛がってくれていた。

「ならフルーツ食べたいな」

そう言い放つと、笑顔でコクリと頷き黒服を呼ぶ……

「フルーツちょうだい!七海が注文したんだから高級なもの食わしてやれ!」

そう黒服に伝え、タバコを咥えた黒崎さんに私はすかさずデュポンで火をつけた。


決していいお客様ばかりじゃない。

どちらかと言うと、強引な男性や、どうにかして店の外で会おうとする男性ばかり。


私を指名してくるお客さんは強引な男性ばかりで、聞き手のような大人しそうな人なんていない。

それでも、この空間にいるときだけは、何も考えずに済むのだ。

嫌なことを忘れたかった私はすごくあってる職業だった。


お酒を注ぎ、ただただ笑っていればいい

私にとって心地よい空間でもあったーーーー。