私の真剣な表情を読み取ったのか、倉瀬先生は”場所を変えましょうか”と、端の教室の鍵を持って出てきた。
「───それで、どうしたの?」
「桧山ユキ先生って、知ってますか?」
その名前を出した瞬間、先生の顔色が変わった。
「どうして・・・そんなこと聞くの?」
「探してるんです。桧山先生を。」
「・・・どうして?」
「・・・ある人に・・・頼まれたから」
無意識に、窓から西校舎の方へ視線を向けた私に、倉瀬先生は一つ息を吐いた。
「・・・”桧山ユキ先生”は死んだわ」
「え・・・?」
「彼女はもう、桧山ユキじゃない。」
どういう意味だろう。
桧山ユキじゃない・・・?
窓際に立った先生が栗色のポニーテールを解いた瞬間、一瞬散るように舞って肩に落ちた。
鮮やかな夕焼けに照らされて、キラキラと輝く髪。
風に揺られるストレートヘアは、どこか先生の儚げな表情を際立てている。
「3年前、ある男子生徒が亡くなったのは知ってる?」
「佐倉伊月くん、ですよね」
倉瀬先生は静かに頷いて、再び外へ視線を向ける。
「・・・彼は、ユキ先生のことが好きでね。それは、ユキ先生以外の殆どの先生が勘付いてた。
・・・校長も。
佐倉くんが亡くなる数週間前、ユキ先生は学年主任と校長と教頭に呼び出されたの。
そこでユキ先生はさんざん責められた。
でも当時のユキ先生には、佐倉くん以外に愛している人がいて。
だから佐倉くんとは何もないし、どうにかなるつもりもないって訴えた。
でも無理だった。伝わらなかった。
優しくて、人当たりがよくて、いつも笑顔だったユキ先生から・・・笑顔が消えた。
そんな時だった。佐倉くんが事故で亡くなったのは。
ユキ先生はその直後に異動を命じられて、今は別の学校にいる。」
聞かされたその真実は、3年前にこの学校で起こっていたとは思えないほど非現実的なもので。
当時の桧山先生や佐倉くんの辛さを想像すると、胸が締め付けられて息苦しい。
「いま、桧山先生がどこにいるか教えていただくことってできませんか?」
「それは構わないけど・・・でも、もう本当に彼女は桧山ユキじゃないわよ。
名前も変えて、性格も随分変わってしまった。
それでもいいの?」
この時の私には、少し迷いがあった。
桧山ユキ先生を見つけて、仮に接触できたとして。
もうこの学校のことも、佐倉くんのことも、思い出したくないんじゃないか。
名前も性格も変えてしまうほどの辛い出来事は、もう一生忘れておきたいんじゃないか。
だけど・・・約束は約束だから。
1回会って、話を聞いて、考えるのはそれからにしよう。
「お願いします。教えてください」
