「なんだよそれ!!」
「まぁまぁ。ドナちゃん」

 そう話に割り入ったのはアルさんだ。

「なぁおっちゃん、ノービスさんのこと思い出したのって、ひと月くらい前なんじゃないか?」
「あ、あぁ。大体そのくらいだ」

(ひと月……)

 心の中で反芻する。一ヶ月前というと、丁度――。

「あっ」

 私はその共通点に気が付き小さく声を上げていた。
 アルさんがそんな私を見て頷く。

「そ。そりゃあきっと、ノービスさんの仕業だ」
「え?」

 ドナとラルガが同時に顔を上げた。

「ノービスさんはセイレーンだったんだろ? きっと忘れさせたんだ、歌導術で自分のことを。おそらく、あんたのためにな」
「ノービスが……?」

 その声が震える。

「セイレーンならそのくらい出来たはずだ。そんで、亡くなると同時にその術が解け、あんたは全て思い出した」

 もうノービスさんは亡くなっていて、真実を確かめることは出来ないけれど。

(だとしたら、なんて切ない……)

 ドナも言葉を失っていた。

「この男は必死にこの場所を守ろうとしていた」

 そう話し始めたのは意外にもセリーンだった。

「あの暗殺者にこの場所を訊かれ、詰所に火を付けられどんなに己が傷付いても、口を割らなかった」
「それで、死にかけてたってわけか」

 アルさんが溜息まじりに続ける。
 と、ラルガがゆっくりとドナを見上げた。

「教えてくれ。ノービスは……、ノービスはいつも歌っていたか?」
「……あぁ。ばあちゃんは、いつもアタシらに歌ってくれてた」
「ばあちゃんのお歌、モリス大好きだったよ!」

 さっきまでラグの後ろに隠れていたモリスちゃんがいつの間にか前に出て、ラルガに可愛らしい笑顔を向けていた。

「いろーんなお歌を歌ってくれたの! モリス達、ノービスばあちゃんのこと大好きだったよ!」
「そうか……」

 満足そうに言って、ラルガはもう一度頭を垂れた。

 ――ひょっとしたら泣いていたのかもしれない。
 昔の友人……いや、おそらくは彼にとって、もっと大きな存在であったのだろう女性を悼み、涙を流していたのかもしれない。