「繕哉、メレンゲの泡は潰しちゃいけないんだよね?」
「いいですよ、潰しても。味わいのないものが出来上がります」
「ちょっと!それじゃ嫌なの分かってるでしょ」
「はい。貴方は表情豊かですね。俺の趣味にぴったりな方です」
「繕哉の趣味って人をからかうことでしょ?そんなこと言われても嬉しくないよ」
「違いますよ。ラナンだからからかいたくなる」
熱い視線に吸い込まれて、私は頬が赤く染まっていることも、メレンゲが打たれ弱くへなっていることも忘れて、ただ彼の茶目っ気な瞳を見つめていた。
あの日、姉のケーキセットが評判の『ハニー・エーグル』にやって来た彼、帯城《おびしろ》繕哉《ぜんと》は何故か今私の隣にいる。
帯城繕哉と言えば、本場仕込みのパティシエとしてその名を知らない同業者はいないくらい一流で、その天使のような微笑みから日本パティシエの貴公子なんて言われている。そんな有名人がどうして…。
ふと、私はあの日のことを思い出す。