「ち、ち、ちー。見る目ないな、ふたりとも。このへんてこりん加減が才能でしょ」

ねー?とハイタッチしてくる萌ちゃん。

喜んでいいのかな?

疑問に思いつつも絶句している男子たちをよそに、私は「ありがとう」と萌ちゃんに抱きついた。



美術の授業が終わり、教室に戻るために廊下を歩いていると前から雅くんがやってきた。


「愛菜さん、大変な目に遭ったんだって?」

「え? どうしてそのことを……」

誘拐されたこともあって、勘ぐってしまう。

「父さんに聞いたんだ。でも、俺が思うに、きみが悪い子だから狙われちゃったんじゃないかな?」


雅くんが私に手を伸ばそうとしたとき、目の前に剣ちゃんが立つ。


「ずいぶん、含みのある言い方するんだな」

「はぁー、またきみか。本当に目障りだね。俺は今、愛菜さんと話をしてるんだけど、邪魔しないでくれるかな?」


言葉に反して、笑顔を浮かべている雅くんにゾワッと鳥肌が立つ。

けれども剣ちゃんは動じることなく、雅くんから視線をそらさない。


「聞き捨てならないような話だったからな。お前、やたらと絡んでくるけど、こいつの親父が嫌いなんだろ?」

「別に森泉先生に限ったことじゃないよ。俺は、俺を退屈させる人間が嫌いなんだ」

「だったら、なんでこいつにちょっかいを出す? お前を退屈させるからか?」


剣ちゃんが問い詰めると、雅くんがぷっと吹きだした。

それからお腹を抱えて、「はははっ」と盛大に笑いはじめる。


「彼女の平和主義なところは、たしかに退屈だけど、どんな目に遭っても純真さを失わないところには大いに興味があるんだ。退屈だと思ってたのに、今じゃ癖になってる」


それを聞いた剣ちゃんが目を丸くしたあと、少し呆れたように口を開く。


「お前それ、こいつのことが好きってことか?」

「ええっ」


私はびっくりして、叫んでしまった。

剣ちゃんの言葉を受けた雅くんは、私をちらりと見ると納得したような顔をする。


「ああ、なるほど。きみをけがしたくてたまらないって感情は恋だったんだ。どうりで気になるわけだ」

「だいぶ、ゆがんでるけどな」

「なら、ますます欲しい」


雅くんの粘ついた視線が向けられて、私は剣ちゃんの背に隠れる。


「あのな、こいつを好きになるのは自由だけどよ、お前の勝手な気持ちを一方的に押しつけんのは違うだろ」


剣ちゃんは、きっぱりと雅くんに言ってくれた。

それを頼もしく思いつつ、少しだけ寂しさが胸をよぎる。

雅くんが私を好きでも、剣ちゃんは平気なんだな。

剣ちゃんは私のこと、どう思ってるんだろう。

同じ気持ちだったなら、いいのに。

そんなことを考えてすぐに、私はぶんぶんと首を横に振ると邪念を振り払う。

キスはしちゃったけど……。

あれはきっと、危険な目に遭ったあとだからだ。
人に触れて安心したかったから。

だから、剣ちゃんは私を好きなわけじゃない。

ただ守ってくれてるだけ。

そんなこと、初めからわかってたことだし……。

それ以上を求めるなんて、ダメだよね。