「い、嫌……」

「おい、どうした」


私の様子がおかしいことに気づいた剣ちゃんがそばにやってくる。


「こ、怖い……怖いよっ」


手で両耳をふさいで、私はぶんぶんと頭を振る。

取り乱して泣き出す私の肩を強くつかんだ剣ちゃんは、心配そうに顔を覗き込んできた。


「愛菜、俺を見ろ!」


いつもは「お前」なのに、初めて名前で呼ばれた。

それに驚いて、私は目を見張る。


「剣、ちゃん……?」

「大丈夫だ。俺がついてる」


剣ちゃんは私の顔を両手で包み込んで上向かせると、額を重ねてきた。


「なにがあった?」

「それは……」

「ゆっくりでいい、話してみろ」


剣ちゃんの穏やかな口調に、少しずつ強張っていた身体から力が抜けていく。

あやすように私の背中を撫でる剣ちゃんの手に促されて、誘拐されたときの記憶が戻ったことを話した。


「怖かったよな」

剣ちゃんは私を強く抱きしめる。

「でも、今はひとりじゃねぇだろ」

「うん、剣ちゃんがいる……」


私は剣ちゃんの服の胸もとを震える手で握る。

剣ちゃんの鼓動が伝わってくる。

その規則正しい音に、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

顔を上げれば、剣ちゃんが困ったように笑って私の頬に手を当てると親指で涙をぬぐってくれる。


「ほっとけねぇやつ」

「ごめんね、迷惑かけて……」


「面倒だとは思うけどな、お前になら迷惑かけられても嫌な気がしねぇんだよ」


えっと、要約すると……。

剣ちゃんは私に迷惑かけられるのが好きってこと?

きょとんとしていると、剣ちゃんは私の前髪をくしゃりと優しく握る。


「他人のことになんて興味がなかった俺が、こんなに誰かの世話を焼きたくなる日が来るなんてな」


目を細めて、ふっと笑う剣ちゃんに目を奪われる。
優しい顔で笑うんだな。


「うし、じゃあそろそろここから出るぞ」


私の気を紛らわしてくれた剣ちゃんは、立ち上がる。

それから扉に近づくと、耳をくっつけた。


「話し声からするに、監視の男はふたりか。愛菜、俺に考えがあんだけど」


剣ちゃんは私のところに戻ってくると、簡単に作戦を説明してくれる。

それは、見張りのひとりが交代でいなくなった隙に、仮病を使って残ったほうの見張り役を部屋に引き入れ、剣ちゃんが倒すという至ってシンプルなものだった。