「大丈夫だ」


声をかけると愛菜は無言でうなずいた。

俺はその手を引いて、屋上に向かう。

念のため、放送室から拝借したホウキをつっかえ棒代わりにして、屋上の扉が開かないようにした。

扉を背に座り込むと、愛菜は震える手で俺の腕にハンカチを巻きつける。


「ごめんね、ごめんねっ」

ぽろぽろと涙をこぼしながら、愛菜は何度も俺の腕をさすった。

自分のことでは泣かねぇのに……。

他人のためなら泣くんだな、こいつ。

そう思ったら、目の前の小さな存在が急に愛しく思えた。

守ってやりたい。

そんな感情が底なしにあふれてくる。


「お前のせいじゃねぇだろ。わんわんうるせぇ、泣くな」


こういうとき、素直に慰めてやれない自分の性格がつくづく嫌になる。

俺は涙で濡れる愛菜の顔を、手のひらでゴシゴシとぬぐってやった。

すると、愛菜は俺の指をぎゅっと握る。


「私が……っ、ケガすればよかったのに。剣ちゃん、私と関わったからこんな目に遭って……」

全部しょい込むところは、こいつの悪いとこだな。

あと、怖いときに怖いって言えないところも、俺は人の感情を察するのが苦手だから困る。


「あー、面倒くせぇ」


けど、仕方ねぇ。

俺は愛菜に手を伸ばすと、どこにも逃げられないように腕の中に閉じ込めた。

抜けてるかと思えば、変なところで芯が強えし。

強いかと思えば、俺のためにすげぇ泣くし。

目が離せねぇ。

守りてぇって、思っちまうこの気持ちを……。

俺はもう、ごまかせねぇんだよ。

男どもにさらわれたときは心臓が止まるかと思った。

でも、こうして愛菜の温もりを感じたら、ようやくこいつを取り戻せたことを実感できた。


「お前がケガしたら、俺が助けに来た意味ねぇだろうが」

「剣ちゃんがケガしたって、私がひとりで人質になった意味がないよ」


やっぱりこいつ、学園の生徒のために自分を犠牲にしようとしたんだな。

俺を守ろうとか、100年早いんだよ。

俺はコツンッと愛菜の額に自分の額を重ねる。