そしてすぐに彼の唇は離れ、目の前に彼の潤んだ瞳があった。

「もう誰にも遠慮しない。好きだよ、美南」

「私、も……」

その熱い瞳から目が離せない。

うまく言葉が出てこないけどふっと浮かんだ思いを言葉にする。

「気がつけば、いつもあなたを探してた……」

翔は一瞬目を伏せたけれど、すぐにまた私の目に戻ってくると少しはにかんだ表情で尋ねた。

「本当に?」

「うん」

「まじで?」

「うん」

「本気?」

あまりに何度も聞いてくる翔をからかってみたくなって笑って返す。

「全部嘘」

「はぁ?」

翔は目を丸くして、そしてもう一度私を強く抱きしめて笑いながら言った。

「そんなくだらないこと言う美南も好きだよ」

「そんなくだらないこと言う私にいつも付き合ってくれる翔が好き」

私は彼の背中に腕を回し小さく呟いた。

「でも、兄さんと付き合っていたのにどうして?」

翔が私の頭を撫でながら静かに尋ねる。

「竹部さんは確かに素敵な人だわ。美由紀の知り合いで確かな人だって思ってたから付き合い始めたけれど、会う度に私の中でいつも何かが違うって思ってた」

「確かにお前愚痴ばっかこぼしてたもんな。っていうか兄さんの話されると妬けるからもういいや」

「ずっと私が竹部さんの話してるとき本当は妬いてたの?そんな素振り全く見せてなかったけど」

ちょっと意地悪な目つきで翔を見上げると、私から視線を逸らし「知らね」と小さく言った。

「翔を初めて意識したのは姫路からかな……祖母が病院に運ばれて震えてる私を抱きしめてくれたでしょ?その時」

「それまでは男として見てなかったのかよ」

翔は目を細めて笑った。

彼の目を見つめながら首を横に振る。

「違うわ。もっと前から翔が私の中でいっぱいだったのに、ずっと当たり前のようにそばにいてくれてたからそれが恋だと気づかなかっただけ」

「ふぅん」

照れ臭そうに翔は私から視線を逸らし、またぎゅっと抱きしめた。

「竹部さんには今日会った時、プロポーズを断るつもりだったの。それからでないと翔と向き合えないって思ってたから。でももっと早く自分の気持ちを伝えればよかったって後悔してる。こうなってしまったのも、決して竹部さんと美由紀だけのせいじゃない。私の優柔不断が巻いた種でもあるんだ」



そして、美由紀から受けた告白の内容を翔にも全て伝える。

聞き終えた翔は、ため息まじりに自分にい言い聞かせるように呟いた。

「だから兄さんは彼女と二人で乗車して事故に合ったのか」

「うん。二人も十分苦しんでるの。だからもう悪く言わないで」

「ああ、わかった。もう言わない」

翔は子供なだめるように私の頭を軽くポンポンと叩く。

「ありがとう」

彼の背中に回した手に力を込めた。

「それにしてもお前ってほんどお人好しだよな。俺の理解をはるかに超えてる」

「そうかもしれないわね。だけど、翔さえいてくれたらそれで構わないんだ。過去のことなんかどうだっていいの」

こんなにも誰かに自分の気持ちをぶつけたことが今まであっただろうか。

色んな思いが巡り体中が熱い。

自分の思いを口にするたび、心の奥にしまっていた言葉にならない翔への気持ちがあふれて止まらなくなりそうだった。

翔がいたから、私はこうしてしっかりと立っていられる。

その時、廊下の向こうに誰かの足音がして慌てて互いに体を離したけれど、二人は手だけはしっかり握ったまま。今は少しでも繋がっていたかったから。

「なんだかこういうの、照れるな」

翔が目を伏せたまま言う。

「うん」

胸の奥がむずがゆくて、でも温かくて幸せで。

どうしようもなく翔が愛おしかった。

「そろそろ行くか」

手を繋いだままエレベーターに乗った。

さっき美由紀の部屋から出てきた看護師が途中の階で乗ってきて、驚いた表情で私達二人に会釈した。

そして私と目を合わせた翔は優しく微笑むと、繋いだ手を更に強く握ってきた。

エレベーターを降り、駐車場に向かいながらふと美由紀の涙と竹部さんの痛々しい姿が脳裏に浮かんでくる。

「竹部さんと美由紀にも絶対幸せになってもらわなくちゃ」

そんな言葉が口からついて出た。

二人に幸せになってもらわないと私も真の幸せになれないような気がする。

少し間があって翔が答えた。

「そうだな。まずは兄さんの治療に俺も全面的に携わらせてもらうよう交渉してみる」

「私は美由紀を支えるわ。二人に一日も早く元気になってもらおう」

「ああ」

車の扉が閉まると、翔は私を運転席の方に抱き寄せ軽くキスをした。

「これ以上は兄さん達が落ち着くまでお預け」

「もちろん」

私と翔の思いはいつも一緒だ。

言わなくてもわかりあえるんだ。

エンジンがかかり、車はゆっくりと動き出す。

竹部さんの体と美由紀の心が元に戻りますように……。

サイドミラーに映る病院が暗闇に消えてしまうまで見つめていた。