そこまで言ったところで、厨房にいるおばさんに気付く。
俺は昨日のお礼を言わないといけないことを思い出した。

「すみません、昨日はご馳走さまでした。」

俺がそう言うと、おばさんは笑った。

「いいのよ〜。お疲れ様だったわね。」

店内にいたお客さん達から拍手を貰う。
こんな俺のために。
直前までうだうだ悩んでた俺なのに。

席まで戻ると、沙和が冷めた表情を浮かべていた。

「すごい、選手みたい。」

感情がこもってねえよ。
いつもだけど。

俺は席に座る。

「まあ、選手だからね。で、なんだっけ?」
「浅倉南だとか、違うとか・・・」
「ああ、そう、俺は浅倉南じゃないから保健室で言ってたのは嘘。」
「意味分かんない。」

タッチ読んでないから分からないんだよ、まったく。
あんなに人格が完璧な人間なんていないだろ。
好きな人とキスして本当に普通でいられる人間なんていねえよ。

「普通に見えてるのかもしれないけど、俺だって全然普通じゃないよ。むりやり普通に見せてるだけだ。」

俺が頭を掻きながら答える。

沙和は「ふーん。」と言うだけだ。

「俺は、昨日改めて思ったけど、ここで食べる定食が大好きなんだよ。」

そう、俺が普通を装う理由は、ここでいつも通り沙和と楽しくご飯食べたいからだ。

しかし喜びの声は予想外の方向から飛んできた。

「平良くん、ありがとう!」

おばさんが定食をドンッとテーブルに置くと、ギュッと俺の手を握る。

「はい!」
「おじちゃんもおばちゃんも、平良くんのために毎日頑張るからね!」

すっごく手がきつい。
そんなにおばさんを喜ばせるとは。

まあ、ここの定食自体が好きなことには間違いない。

おばさんと俺を見て、沙和がボソッと呟く。

「ごめん、さっぱりわけわからないんだけど。」

沙和には何も伝わらない。
いつも国語だけは俺より点数いいくせに。
文脈を読め、文脈を。