「私だけかよ。」

保健室に沙和のドスの効いた声が響いた。
まさかの反応だ。

なんでこんなに怒ってるんだ?
俺は一体どこで間違った?

「何が?」

俺の声がガクガク震え出す。
一気に上杉達也と浅倉南が消え去った。

「こんなに・・・」

そう言って沙和が言葉に詰まる。

なんだ?
沙和はなんでこんなに怒ってるんだ?

俺の言葉の意味が全然伝わってないようだ。
嘘だろ・・・

「あれ?貸したよな?」

思わず口から出た。

「は?」
「タッチ。」

沙和のことが好きだと初めて気付いた中2の夏。
幼なじみだし、俺は野球をやってる。
まさしく俺たちは上杉達也と浅倉南だと思い込んだ俺は、沙和にタッチを全巻貸した。
あれはまさしく俺の理想のストーリー。
甲子園は遠すぎたが。
そして沙和は野球には全く興味がないが。

「そうやって話を変える!」

急なタッチの話題に沙和が怒った。

「いやいやいや、読んだよな、お前。」

俺の問いかけに、沙和が無言になる。

「もしかして読んでない?全然読んでない?1巻も2巻も?」
「だから、何の話?」

沙和の反応に愕然とする。
中2の時の俺の想いは全く届いてなかったのか。

今、この状況にタッチを重ねてたのは俺だけだったのか。

「あーショック。読めよ。浅倉南の名言だぞ。」

一気にテンションが下がっていく。
まあ、俺は上杉達也じゃないし、沙和は浅倉南じゃないし、実際あんなドラマは何一つ起こらない。

「はあ?何が?」
「また貸すから、読め。部活行く。」

俺は少し失恋したようなショックを感じながら、保健室を後にした。
沙和は納得のいかない表情をしていた気がする。
納得行かないのはこっちだ。
ため息がこぼれた。