沙和の考えてることは分からなかった。

話し合ったつもりだけど、何も手応えのない夜だ。
進展もせず。
後退もせず。
なんだ、この時間は。

俺は急いで残りのご飯を食べ尽くす。

こんな不毛な時間。
なんの生産性もない。
なんなんだ、この無駄な時間は。

明日は重要な試合なんだ。
帰って早く寝ることが、今の俺の使命なんだ。

俺は箸を置くと、帰る準備をした。
下膳しに行って、テーブルまで戻ってきてそのまま沙和に言う。

「明日、朝から試合だからとりあえずもう帰るわ。」

沙和は、表情を変えないまま「うん、無理しないでね。」と言った。

無理しないでね、か。
俺だって無理したくないわ。

思わず笑ってしまう。
部活はブラック企業なんだぜ。

「無理しないなんてできねえよ。」

沙和は、「じゃあ、行ってらっしゃい。」とやっと笑う。
ホッとした。

沙和の「行ってらっしゃい」ってこんなに良いものだとは全然知らなかった。

沙和は、俺にとってホームだ。
不思議なほどに居心地よく、沙和の声が俺の胸で振動する。

「そうだな、それがいいな。行ってくる。」

くそー、やっぱり好きだ。
この落ち着いた感じ。

この声。

「行ってらっしゃい」がすごく俺の胸に響いて、今度こそ、やっと頑張ろうと思えた。

沙和にやっぱりかっこいいと思われたい。
いつかは振り向いてほしい。

やっぱり明日、できることなら勝ちたい。

俺は最後の一言のおかげで、スッキリとした気分で店を後にすることができた。