沙和ん家の店に入る前に、深呼吸する。

いつも通り、今まで通り、何でもない口調で言うんだ。

そして明日からはまた、付き合う前に戻る。
この3週間、何もなかったことにする。
沙和のこと、何とも思ってなかったことにする。

俺は心を決めて、ドアを開ける。

おばさんと目が合った。

「あら、平良くん。」
「こんばんは。」

そうだ、いつもはドア開けるタイミングで挨拶してたっけ。

自然と調子が狂う。

沙和が俺の方を見てくる。
いつも通り、椅子に座った。

どうしよう、何て切り出せばいいんだろう。

なんとなく沙和も昨日怒ってたし、まずは謝って、それからだ。

俺は少し姿勢を正す。

「沙和。」

俺の呼びかけに沙和は「ん?」と顔を上げる。

「昨日はごめん。」

俺は頭を下げた。

「へ?」
「なんか失礼だったかなと思って。」
「ああ、うん。」

ああ、うん、か。
やっぱり沙和は怒ってたんだ。

ああ、急に緊張してきた。
一気に言わないと。

俺は沙和の目を見て、覚悟を決めた。

「あのさ、別れたかったら言って。」

沙和が「は?」という顔をする。

心臓がキュッとなる。
頑張れ、俺。

「だって俺ら、ただ宿題やっただけで付き合ってるだけだし、もう矢野さんには断ったから、俺は大丈夫。勉強とか部活にも集中したいし、沙和とギクシャクするのも嫌なんだよね。」

もともと言おうと決めていただけに、感情を乗せることのないまま、頭から口に滑り落ちるように、ロボットのように、ツラツラと言葉が出てきた。

沙和はうんうんと頷いた後、笑って言った。

「そうだよね、明日大事な試合だもんね。」

その余裕のある笑顔に、言いようのない焦りを感じる。

あ、終わる。
本当に終わる。
ゼロになる。

でも、これで良いんだ。
終わらせて前に進むんだ。

「うん、だから今日はスッキリしたくて。」

俺は言い切ったつもりでいた。