朝練が終わった。

「じゃあ施錠よろしくー。」

部長が俺に鍵を投げてきた。
俺のクラスが一番端にあって、どうせ職員室の前を通るなら鍵返してこいっていう理屈らしい。
いつも俺か、同じクラスの荒木の仕事だった。

3年は着替えが早い。
そして人数が6人しかいない。

3年がさっさと部室から出て行った後も、俺ら2年はダラダラしてる。

「前山さんって何人と付き合ったことあるんだろ。」

五反田が言った。

え?沙和って彼氏いたことなくね?

「平良知ってる?」
「いや、1回も聞いたことない。」

俺は首を横に振る。

「でもいないわけなくない?」
「仲のいい新庄彩乃と高橋弥恵は相当ヤリマンって聞くよな。」
「聞く聞く。あいつら男子いても普通に話してるじゃん。彼氏がどうだとか。」
「前山さんも普通に話してるよな。」

松崎と五反田の口から次々情報が飛んでくる。

やめろ!
やめろやめろ!

「前山さんも絶対彼氏いたと思ってた。」
「えっ!?」

五反田の言葉につい反応してしまう。

「でも平良と付き合ったんだなー。お前、童貞バカにされないようにな?」

みんながゲラゲラ笑う。

「うるせえ!沙和だって処女だろ、どうせ。」

みんなが顔を見合わした後、「いやいやいやいや」と否定の声を投げてきた。

「平良さ」

荒木が俺の横に立つ。

「俺らが部活やってた間、前山さんが何してたか知ってんのか?」
「知らねえ。家で漫画でも読んでんだろ、どうせ。」
「他の高校の男とイチャイチャしてたかもしれねえぞ。」

瞬時に俺の脳内で男の部屋でベッドに座る沙和が再生される。

うそだ、聞いたことねえ。
そんなこと、あるはず・・・

俺に言ってないだけか・・・?

いちいち俺なんかに報告しないってか?

「まあ、そろそろ出よう。」

後藤の冷静な一言で、みんながぼちぼち部室から出た。

「平良がいつ童貞卒業するかだなー。」

俺が鍵を閉めてる間、松崎が言う。
今日はそればっかだ。

「前山さん、リードしてくれそう。」

後藤が言う。

リード!?

「いや、絶対にないと思う。」
「でも前山さんになら、『へたくそ。』って蹴られてもいい。」
「分かるわ。」
「どんなキャラだよ。」

俺が言ったタイミングで、荒木が「あ、噂をすれば〜?」とニヤニヤ言った。

視線を前に向けると、ちょうど今学校に着いたばっかりの沙和がいた。

うっ・・・

やべえ、ああ、やっぱりかわいい。

「俺たちは邪魔だなー。」

後藤の一言に、みんなが俺から離れていく。

「忘れないで鍵返せよ。」

荒木もそう言って離れていった。

おいおいおいおい、露骨じゃねえか?

ああ、こんな会話の後、どんな顔して話せばいいんだよ。

「友達に言ったの?」

俺の顔を見るなり、沙和が言った。

怒ってるかな。
でも、ポーカーフェイスなんだよな、沙和は。
ビビるな、俺。
いちいちビビってたら、彼氏なんて務まらんぞ。

「言った言った。どっちにしろ今日振ったら絶対広まるじゃん、付き合ってること。なんか問題あった?」
「ないけど。なんか、そういう目で見られると思ってなかった。」

沙和の声のトーンが一段と低い。

あ、やっぱり野球部のみんなに言ったの嫌がってる。
「ごめん」って謝るべきか?
でも、良くないか?
時間の問題だし。

「どうでもいいじゃん。」

クールに言い放ってみる。

「うん、まあね。」

沙和の低音が返ってきた。

よかったーーー!
セーフ!

ああ、早速怒らせるのかと思った。

階段の前に来た。
俺は1階の職員室に寄らないといけない。

ああ、短かった。
名残惜しい。

「じゃあ俺こっちだわ。」

職員室を指差して言う。

「うん、じゃあ。」

沙和はサバサバしてる。
俺は思いっきり手を振った。

反応はなし。

やっぱりこんなもんだよな。

俺は恥ずかしいあまり、駆け足でその場を後にした。